タイランドと猫とわたし

慣れるとねー

 「別にデートをしようと言ってるんじゃない。ただその辺散歩して、一緒にご飯食べて、家でだらだらしようって言ってるだけなのにさ」

と言った彼女は、最近できた彼氏に惚れ込んでいて、でも彼氏のほうは忙しくて、いつも「待つ側」になる彼女はだんだん何かが溜まってきて、「毎週月曜日に今週の予定をシェアするというroutineにすればいいんだと思うんだ」と言った。そうすれば、いつ連絡が来るだろうかと待ったり、もしかしたら連絡があるかもしれないからと空けておいた、けど連絡がなくてがっかりアンド自己嫌悪、ということが起こらなくなる、とな。

 「えー、うちじゃったら、それ言われたらびっくりすると思う」

と言って、彼女をしょげさせてしまいました。あー、いけん、いけん。ちょい、今のなし。

 「歩み寄るためには、お互いのニーズをシェアしないとねーぇ」なんて当たり障りのないことを言っても、さて時は遅かったのか。

 一方。

 いつも、休みをどう過ごすとか、そういう何かを決めて、で、予約とったり予定をたてたりするの、そういうのが苦手な人がいて。だから、周りに「よーし、行くぞ、誰か行かんかね」という大声がたつと、しゅしゅしゅっとついて行くわけで。そうすると、「あちゃー、一緒に行くことになっちまったぜい」というメンバーが時に混ざっていることもあり、しかし、当人は、自分でどうこうするということが、そもそも頭にないから、ま、いいか、となる。往々にして「あちゃー」と思われたほうも、「あちゃー」と思っているもので、そちらは、「お前、自分でなんとかしろ」とは言えない。その人が旅や自由時間をなんとかすることが苦手なのを知っているから。

で、それらが何なのか、一体何なんだ、というと。

 人ってそうそうは変われないのかしらんねー、ということ。

 自分はこうだ、と思っていること(例「恋人とは極力時間を作って会おうとするものである」)は、すっかり自分のペースになっていて、そうしたいんだよねー。そして、自分がしなれないこと(例「自分が何をするか事前に知り、恋人に伝える(そしてそれがそう進むようにがんばる(ことが期待されている(からがんばる)))」)だと、「言うだけなんだから、いいじゃん」と言われても、そうは簡単ではないのだな。

 わたしは、今のところ恋人と呼ぶ人はいなくて、よって、がしがし自分で予定をたてて満喫して、何にも決めないで行き当たりばったりな幸福に胸を踊らせたりしているけれども、それが崩されると、やっぱりどっかこそばいくなるんじゃろうなー。スケジュールをたてて、それを消化していくパターンは仕事で十分なので、自分の私生活ではあんまりしたくない。と思うけど、それって、面倒な人のパターンなんだろうか。

 とかとか、思った。

 と、その彼女に言ったら、それって男のパターンだ、と言われた。

 がーん。そんなオチって。。。
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