タイランドと猫とわたし

小さいひとつのことの集合

 金曜日の午後に、となり部屋の校長がひょこりんと顔を出して、「mame、日本で地震あったよ。だいじょぶ?」と言いました。ちょっとネットをチェックして、うーん、ま、だいじょぶ、かな。と返事をして。校長も「日本は地震の上級者だもんねー」と言って。授業を続行。

 放課後、日本人保護者がどやどやと部屋にやってきて、あーだこーだとテレビで見たということを伝えてくれる。やや、ただごとではないぞ。

 ほんまのほんまに「ただごとではない」ことを心の芯から感じたころには、その日の夜。バンドのライブ。もともとやる予定だった「満月の夕」。歌を歌う前に、地震があったこと、大変なことになっていることを話しました。残念ながらその日その店のお客たちは素敵ではなく、おしゃべりを大声で続ける人、多し。くそっ。じゃんじゃか、といつもの短いバージョン、アップテンポ、ギターじゃかじゃかバージョンでさらっとしました。

 次の日。ほんまのほんまのほんまにただごとではなくて、どうしていいか分からなくて、バンドメンバーに連絡。「満月の夕」をフルバージョンでやらせてくれないか。と頼みました。アンサリーのバージョンにして。フルートだけで、あとはうちが歌って。フルートのAlcはすぐに練習してくれて。

 その日のライブの場所は、とても素敵でした。この後に及んで、タイの赤服さんたちは、デモをする。運悪く、そのデモの近くにライブのお店はあったので、人は少なめ。

 でも、人たちはとても素敵でした。「満月の夕」の前に、少し話をしました。みんながしんと、聴いてくれているのがとてもよく分かりました。歌っているとき、ずっと慈愛に満ちたたくさんの目が、こちらを見ていました。最後まで歌って、みんなで祈ってください、と言って。温かい拍手が響きました。すべてのライブのあと、いく人かの人たちがわたしのところに来てくれました。どうしていいか分からなくなった、と。どうしてそんなに心に届く歌を歌うんだ、困るじゃないか、と。その日本語の歌詞の意味は分からないけど、知りたいけど、でも、とっても届いたんだ、と。それは、きっと、聴いている人と歌っている人が一緒になった瞬間だったんでしょう。もぉう。こっちもどうしていいか分からんよーなるじゃんか。

 日曜日は、テレビにくぎづけ。家に来てくれていた友だちに英語で訳していると、なんだか訳が分からなくなって来る。訳している端から、「それでどうなるの?」「どうするつもりなの?」と質問。そんなん分からん!きっと、みんな分かっとらん!

 月曜日。学校に行くと、すぐに義援金を集める活動を学校に提案。すぐに学校のニュースレターに掲載。その日の授業で、生徒たちといろいろ話す。小さいのんは、よく分かってない。津波の映像、もいっかい見たい、とか言う。もうっ。日本人の生徒たちにコンタクト。みんな日本の親戚はだいじょぶだった?うん、うん、そう、そう。よかった。。。でも、どうしたらいいんかね。。。うん。。。

 火曜日。日本人のお母さんたちがチャリティーのバザーをしたいと提案してくださる。さっそく学校に交渉。すんなり承諾。お母さんたち、はりきる。こちらは、生徒たちとそれを宣伝しようと、義援金のことも宣伝しようと、やはり、はりきる。どたばた。

 水曜日。日本人生徒たちの動きを聴いた、ノン日本人生徒たちが、「何かできないか」と言って来る。できる、できる、しよう、しよう。しかし、お子さまたちのアイデアは、とてもラフなので、ほかの先生も混ぜて、煮詰める。学校の生徒バンド、先生バンドで、チャリティーライブをしよう、と。しかし、いつ?どこ?ほんとにできる?どうやってチケット配るの?誰がナニするの?あ、先生、キャンディー売るとか、そういうのもしよう。ゲームをしたりとかもしよう。だれが?場所はどこがいい?いつだったらたくさん集まるの?生徒たちは、思考がとまる。でも、とっても嬉しいから、もちょっとよく考えてね、一緒になにかをしようね、と。

 生徒たちから出て来た、というのが、何よりも嬉しかったです。日本人サイドからは、まだ何も訴えていなかったときだったので、本当に、彼らのなかから出て来たのでしょう。ありがとうね。ありがとうね。がんばろうね。うん。うん。

 先生バンドのメンバーひとりから。学校で何かをしようとなると、いろいろ通すから少々時間がかかる。もう、学校の外でチャリティーのギグをやってしまおう。何回やったっていいから、と。うん。うん。場所を探す。来られる人を探す。ひとつ、知り合いのバーに電話をすると、「タイのバンドでそういう話をしているのをいくつか知っているよ。いっしょにやろう。声をかけたらきっとたくさん集まるよ」と。じーんとする。

= = =
 きっと、わたしのような、わたしたちのようなことは、世界のたっくさんの場所で、今起こっているのでしょう。ちょっとだけでもいい。ひとつだけでもいい。と思います。わたしは、ひとつは、先生として、教育機関の人間としてできること。もうひとつは、音楽をするものとして、できること。

 小さいわたしに、一体何ができる?って思ったん。
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