タイランドと猫とわたし

時間のロス

maka
1. eye, face, sight, view, mesh of net [目、顔、視野、景色、編みの目]
makaaniani = eyeglasses [眼鏡]

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 突然言われて、今日、ゼミで時間をいただいて発表をした。

 結論から言って、まったくもって、時間のロスだった。

 「水曜日、発表してください」と言われて、わたしは「ありがとうございます」と言った。時間をいただいて、ディスカッションの機会が得られたことは、行き詰まっているわたしには、とてもありがたいことだったので、素直な言葉として、それが出た。

 しかし、今日のあれは何だったのだ。あれはディスカッションになっていない。数名の方が口を開いて意見をくださった。ありがたかった。確かにわたしが説明がうまくできなかったのもある。しかし、しかし、だ。

 文章のつまったハンド・アウトをつくったら、みんな紙面にくぎづけになることは、目に見えていた。だから、Power pointを作成した。

 なのに。なのに。

 どうして、わたしの顔を見て話を聞かないのだ。どうして、わたしが質問を投げかけているのに、頭ひとつ、眉ひとつ動かさないのだ。無言なのだ。わかっているのか、わからないのか、興味がないのか、それすらさっぱりわからない。

 話を聞いているのか。ハンド・アウトのあらでも探しているのか。どうして、そんなにきちんと椅子に腰をかけて、ペンを持って、紙をみつめていられるのだ。わたしは校正は頼んでいない。紙に一体何を書き込んでいるのだ。何なんだ。自分のためのメモか。誰かのためになるのか?わたしのこの発表は。何を勉強しようとしているのだ。ひとりで勉強しないでほしい。これは、わたしが、わたしの研究を吟味するためにいただいた時間なのだ。

 せっかく、発表者が目の前にいるというのに、どうして意見の、言葉の交換がないのだ。わたしが怖いのか。わたしに腹を立てているのか。わたしに興味がないのか。わたしの研究が下らなさすぎて、言うのが申し訳なくて、それでだまっているのか。

 さっっっっっっっぱりわからない。

 自分の何が悪かったのか、それすら分からない。わたしは絶望的すぎるのか。話すのが遅いから、それで聞いているほうが、イヤになってきたのか。

 興味がないとしか、思えない。「分からない」という反応もない。「ふむふむ」という反応もない。ない、ない、ない。

 90分、スライドの前で話して、残ったのもは、喪失感と、いらだたしさと、ハワイイで繰り返しやってきたディスカッションの懐かしさ。

 これが、日本なのか。それとも、わたしがいけないのか。両方か。

 目を見て話を聞くのは、基本ではないのか。人に表情はないのか。
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