タイランドと猫とわたし

楽なほうがいい

 ひとりごと。

 しんどいのと、楽なのとでは、もちろん楽なほうがいい。

 「いつかは楽になるからね」と自分に言い聞かせて、たしかにいつか楽にはなるんだろうなー、という漠然とした予想はあっても、でも、その「いつか」は、近い未来でないと、やっぱり嫌だ。

 剣道とか、空手とか、精神鍛錬のものをやっていたら、そのあたり、もっと自分に強い人間になれたのか。わたしは、ピアノ。西洋音楽。だから、鍛えられてません。今すぐに、楽にならないと、嫌だ。

 だから、いい加減、この仕事も向いてないよなー。やめたいなー。やめるべきだよなー。と、しみじみ思うときが、最近多いです。

 「日本語教えるって、楽しい!」
 「日本語教師になりたい!」

 そんな言葉をきらきら言う人がいるけど、ほんと、インタビューしたいわ。『月刊日本語』でも読んだら、いいこと書いてあるかしら。日本語教師養成通信講座の広告とか見たら、ステキなことが書いてあるかしら。いつだかの『日経○ーマン』の、「憧れる職業ナンバー10」のかなり上位に、「教師」がランクインしていたけど、それは「知らない人」だから言えることだと、わたしは思う。じゃあ、あなた、やってごらんなさいな。

 わたし、できないわけじゃないですよ。だって、今まで、もう何年もやってきた仕事だもの。でも、comfortableではない。仕事が終わって、職場を離れたら、もうそのことは考えなくていい。次に仕事が始まるのは、職場に行ってから。行くまでに準備する必要はない。そんな仕事がいいのです。”この業界”での、オフィスワークなんかが向いてそうー。

 仕事をしていても、離れても、人間試して試されて、自分と向き合って、反省して、叱咤して、激励して。おい、自分、ひとり何役やってるんだよ、と思う毎日。

 子ども相手に教えるようになって、しみじみ、このように思うようになりました。大人相手は、理屈や理論や、方法論や、技や、そんな知識の蓄積で、対処できるところが大きい。でも、子ども相手は、もう、人間試されてるとしか思えない。知識は、二の次。えー、わたしの武器だったのに。知識。

 そして、試された結果、やっぱり、わたしは、人間的に向いてないことが分かった。じゃあ、どんな人が向いてるのか、というと、本当に人間的にできてる人か、人間的にできてないけど気にしない人か、もしくは、できてるとかできてないとか、そんなことすら気にしない人が、向いていると思います。わたしは、「人間ができてないとだめ」と思うタイプだし、そして、人間もできてない。だから、こんな、人間そのものを試される仕事は向いてない。やる前からわかっていたけどー。子どもが自分に向いてないことなんて。ばかばかばかばか。

 人間試される仕事って、しんどいです。人間、いいところも、悪いところも、どちらもあるものだ、というけれど、わたしに限っては、いいところってないんじゃないかと思います。できてるっぽい人間を演じることはできる。これまで、してきた。でもね、しんどいでしょ、こういうの。結局、演じていることはばれてしまうしね、簡単に。

 明日は、また正反対のことを思っている可能性大。とはいえ、そんなに揺れが激しいってのも、やっぱり、しんどいよねー。人生、そんなにドラマティックじゃなくて、いい。淡々と喜びがあって、淡々と学んで、淡々と本を読んで、淡々と猫と遊びたい。

 今までも、こんなことを漠然と思ってきたけど、今日、たったひとつの出来事があって、たったそれだけで、もう、ずっと、考えっぱなし。で、言葉にしてみた。たったひとつなのに。ほんの数分のことなのに。

 しかも、こんなに考えるのは、もう日常茶飯事だし。ますます、しんどいでしょ。

 いやいや、わたしの仕事のほうがしんどいですよーって方、いたら、ほんと、教えてください。楽になれそう。

 まとまりのないひとりごと、以上。
[PR]
<< そろそろ まだまだ昼下がりのおまめ >>