タイランドと猫とわたし

カテゴリ:ヒロシマ( 9 )

猫 と タロット

 もうすぐ1歳になる甥っ子のゆうゆう。彼を抱えて、その母である姉と、その祖母である我が母と4名でシャレオを歩いていると、ふとある人と目が合う。その人は、がしっと何かをつかんで、わたしの目を見ながら一目散にこちらに走ってくる。

 ?

 スピリチュアル・カウンセラーのなんとかさんが、本を発売されたとかで、その発売記念でどうのこうの、という案内。姉は、購入者特典である無料カウンセリングを受けることに。その他3名もついていく。そして、聞く、色々言われる。ふむふむ。

 あ、そうかもー。ふん、ふん。

 という具合じゃったけど、しかし、おもしろくないこともない。未婚であることを当てられても、「いやー、なんか風貌がほーなんじゃろう?」とか思ったりする斜めな見方もなくはないけど。

= = =
 あ、そーいえばねー、と、家に帰ってから話題が広がり、かもめのばぁばぁのririさんから聞いていて、ふむー、と少し気になっていた、横川の占猫に行ってきました。

 場所はって?それが、元猫バコのところ。猫バコがいなくなったのですよー、横川から。しくしく。

 少ししんみりと店内を眺めている間、甥っ子は叔母(うち、ね)と祖母(うちの母)が預かり、母(うちの姉)はタロット・リーディングなるものを受ける。10分1,000円。受ける人によって、降りてくる「もの」の量が違うし、それを伝えるのにどのくらい時間がかかるかはまちまちで、よって、料金もそれによってまちまちなそうな。お財布に余裕があるときでないと、落ち着いて聞いていられんね。

 うちはね、以前神戸の六甲でタロット占いをしてもらってから、もう、それはそれははまってしまって。今はねー、なんとなく、まだいいかな、と思って。少し前バンコクでしてもらったし。次、もうすぐ10月に神戸に行くし。

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 チャイを頼んでいただきました。ここはね、カフェにもなっているのです。一緒に出て来たお菓子に、とってもかわいい猫のチョコボール菓子が!

= = =
 みなさまは、タロットに興味があるでしょうか?
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by mamemama_blog | 2010-07-21 23:48 | ヒロシマ

結局飛んだ

 夏休みに入ってしばらく経つけれども、ようやく、広島に帰ってきたん。

 沖縄に終業式を待たずして飛びました。んで、そこまでした訳の大仕事をしてやって、気づけば12日も沖縄にいました。えぇ、本島だけに。

 さて、沖縄から広島に帰るのに、どうするか。もうこれだけ時間があるんじゃったら、やってもえーんじゃないか、と思っていた神戸行き航路。意外と高い。そして、なんと3日かかる。わたしが今更知った国内線格安航空会社Skymarkの安さを前に、船の旅は手帳から消されてしまいました。

 福岡まで飛んで、そこから新幹線で広島。大きなスーツケース。ハワイイ時代から使い込まれたバックパック。三線のケース。荷物が多い、年に一度の帰広。
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 さて、何をしようかな。
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by mamemama_blog | 2010-07-12 20:45 | ヒロシマ

なぜ過去を語るか 過去は何を語るか

 今日、Values(日本の学校でいうところの「道徳」みたいなもの)のGrahamがお休みでした。Middle Schoolのオフィスから、急遽、「Lesson PlanはGrahamの机の上にあるから、カバーをして」とお願いされ、まあ、空きコマだったし、彼の教室へ。

 7年生のクラス。「今、みんな何を勉強しているの?」と聞くと、「第二次世界大戦について」と生徒たち。Grahamの机の上を見ると、「Hiroshima」というトピックのLesson Planが。

 わたしが広島出身で、しかも、爆心地から大変近いところで生まれ育ったことは、Grahamも含めた多くの同僚が知っています。でも、Grahamは、まさかわたしがカバーするとは予想していなかった。オフィスのタイ人スタッフは、わたしの出身地すら知らないはず。だから、これは、本当に偶然。

= = =
 「今日のトピックは、ヒロシマです」とmame先生。ヒロシマのことは、常識の範囲で子どもたちは知っている。そして、なんとなくの情報を持っているレベルの子どもが大抵そうであるように、ヒロシマのことになると、爆発の音を口で立てたり、きのこ雲の形にばかり興味を示したり、そんな「表面」のことばかり、先に立つ。ジョークにする。誰の爆音が一番すごいか、競い合う。教室の雰囲気は、いたって、「今日は、担当の先生がいないから、らくちん授業、ラッキー♪」な、7年生な感じ。

 自分が、まさにその土地のものであること、被爆者のいる家庭で育ったこと、を彼らに伝えました。そのわたしと、ヒロシマについて、一緒に考えましょう、と。今日、このクラスをカバーできたことは、わたしにとって大変光栄で、また、わたしを迎えたこのクラスが、それを貴重な体験だと感じてほしい、と。

 子どもは静かになる。それは、とまどうから。彼らは、すぐには分からない。理解なんて、できない。でも、これは、軽率に笑いにしていいものではない、ということは、感じる。だから、静かになる。隣の友だちが、「ボカーン、へへへ」と言っていても、相手にしなくなる。

 Grahamの用意したスライドを一緒に見ながら、情報を仕入れていく。どんな時期だったか。だれが計画したか。その後ろには、どんな考えがあったのか。どんなことが起こったか。情報、メモ、情報、メモ、情報。子どもたちは、「おぉー」「げー、きしょい」と、また、賑やかになる。mame先生は、語る。また、静かになる。また、だれかがジョークにする。mame先生が何かを問いかける、「本当にそうなのかな?」。また、静かになる。

 子どもの集中力は、長くは続かない。でも、それは、彼らが「どーでもいい」と思っているからではない。よく分からない、のだ。でも、なんだか分からないといけないんじゃないか、という気持ちも、ふとよぎる。

 ヒロシマの人間である、わたしにしか出せない声がある。わたしだからこそ、響く声がある。たった43分のひとつの授業で、その声は、どれほど届くのか。

 クラスで考えたこと。その1。朝8時15分、広島市の人々は、何をしていただろう。はたして、その人たちは、戦時下にあって本当に「悪人」であっただろうか。その2。ヒロシマの人たちの、その後の、現在の感情は何だろう。心には、何があるんだろう。仕返ししたいと思うだろうか。7年生には、ちょっと難しい。でも、みんなで、話した。

 それから、どうして、過去の歴史について、わたしたちは語るのか、についても。

We do not want them to repeat same mistakes.

なのか、それとも、

We do not want to repeat same mistakes.

なのか。

 誰がしでかしたのか、"we"と"they"を区別することに、何の意味があるだろう。何もかもをひっくるめて鳥瞰すると、それは全部、"we"だ。わたしたち、人間は、どんなことをしでかしてしまう生き物なんだろう。どんなことができる生き物だろう。わたしたちは、今、何が必要だろう。

 結論はもちろん出ないし、違う大人は、また違う考えを持っているであろうこと言い添えて。でも、私たちが、心にあるものは、まぎれもない、PEACEであるということ。

 わたしも、まだまだだな、もっと考えたいな、と思った。子どもたちの記憶のどこかに、ヒロシマ出身の先生がなんか言ってた、というのは、残るだろうか。
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by mamemama_blog | 2009-04-28 00:59 | ヒロシマ

世界人類が平和でありますように

 62回目の原爆記念日。時差トリックにはまることなく、無事、タイ時間6:15am、日本時間8:15amに、手を合わせました。通勤のタクシーの中だったけどね。

 「世界人類が平和でありますように」

 このメッセージの書かれた白いもの、みなさまの周りにあるでしょうか?わたし、むかし広島にしかないんかと思っとった。けど、これ、日本各地にあるんだって。

 日本各地、いや、世界各地だな。
 さて、これはどこでしょう?

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ほかにもね
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by mamemama_blog | 2007-08-06 23:55 | ヒロシマ

ピンク色のきのこ雲

'ākala
1. native plant, the bright pink Hawaiian raspberry [野生の植物、鮮やかなピンク色をしたハワイイ・ラズベリー]
2. pik color [ピンク色]

= = = = =
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 最初に断ります。長いです。 

広島にいる間に、原爆ドームの写真を撮っておきたいなー、あー、でも、カメラ調子悪いなー、電池買ったばっかりなのになんで電池切れマーク出るかなー、ってか、1回電源切ったら電池切れマークがなくなるの、どーゆーことよー・・・・・・・。


 などと、ぶつくさ、原爆ドームの対岸でカメラと格闘していたmamemama。突然、どんっ!と音がして、上から、ざざざーっと、銀杏の葉が落ちてきたのです。葉に混じって、実も落ちてくる。

 すると、近くに、その銀杏の実をかがんで拾っては、自転車のかごに入れるおじいさんが。かごには、すでにかなりの量が入っているけど、まだ探している。どうやら、さっきの音は、このおじいさんが木の幹を蹴ったみたい。

 平和公園も、なかなかホームレスの方が多く、きっと、そのおじいさんもそうなんだろうな、と思うけど、・・・わたしの視界に銀杏の実が何粒が入ってるんだけど、これが、おじいさんなかなか気がつかない。気になって仕方がない。

「そこ、たくさん落ちてますよ、銀杏」
 ベンチから腰を上げて、声をかけました。おじいさん、気がついて、いそいそと実を回収してかごに投入。それを見届けて、よし、帰るぞ、というとき。

「どこから来ましたか?」
 と聞かれた。えっと、わたし、観光客じゃなくって、ネイティブ広島人なんです。

「その辺です」
 と、相生橋の向こう側を指さす。おじいさんの姿を正面からきちんと見ると、ホームレスの方、と呼ぶには、どうも服がこぎれいできちんとしている。荷物も少ない。・・・とか考えながら、おじいさんを、きょとん、と見ていると、おじいさんが話し始めました。

「わたしは、入市被爆者なんですよ。ピカの次の日に、おばを探して、呉から来たんです・・・」

 と始まり、おじいさん、さらさらと、ご自身の被爆体験を語り始めました。”入市被爆者”とは、原爆投下時は広島市外にいたけれど、投下後に市内に入り、被爆をした方のこと(広島人ではない方は、この言葉、意味わかるのかな?)。呉の海軍校での辛い毎日のこと。そこから見た不思議な光線と、そのあとの豪風。黒い雲と、それが洗われるようにしてすっと消えた瞬間・・・などなど。

 ふっと出会った、わたしなんかに、とても丁寧に、ずいぶん長い時間、ご自身の体験を語ってくださった。辛い体験だろうに、忘れたい体験だろうに。そう思って、そのように語られることは、さぞ勇気のいることではないですか?と。でも、とても貴重なことで、是非、それを続けていただきたい、と。出しゃばるようだけど、お話しました。お礼の意味も込めて。

 すると、この方、被爆体験を本にして、自費出版されているとか。1冊は、公園内の図書館に寄贈されているとか。今でも、ときどき、市内で講演を頼まれるとか。うわっ。なんて、すごい方に出会ってしまったんだろう。

 驚きながら、ふと、わたしの脳内で高速にかけめぐったこと。

 日本語学習者向けの原爆に関する読み物は書けないだろうか

 2年前ぐらいの日本語教育学会のパネルセッションで、日本で昔からある絵本を、学習者向けに書き換えられているグループにお会いしました。わたしが広島から来た、と名乗ると、「原爆の話を書きたいけれど、やはり、外の者には書けない。手伝ってもらえないか」と頼まれたのです。そのとき、びびび、っと、自分の使命を感じました。広島の人間として。それと同時に、広島の人間でも、知ったようにはとても軽く書けるものではない・・・という気持ちもありました。あまりに、重すぎる。書くとなると、相当の覚悟がいることだ、と。そのときの使命感がわたしに口を開かせました。

「日本語を勉強しているひとたちにもわかるような日本語で、原爆の読み物が書きたいのです。手伝っていただけないでしょうか?」

 名前を名乗って、自分が日本語教育に携わっていること、広島の人間であること、自分がこれまで見たり感じてきたりしてきた日本国外にあるヒロシマの間違った情報、などなど。

 こどものときから、原爆のことは、いやというほど勉強させられてきました。小学校から、クラスのみんなで歩いて、何度か原爆資料館に行きました。でも、こどものわたしたちには、怖すぎた。気持ち悪くて仕方がなかった。毎回、みんなで、大声を上げて、足の吹き飛ばされた馬の剥製の前で泣いたのを覚えています。

 日本人のこどもにすら、わかりやすいように、と配慮された読み物は多くありません。有名な漫画「はだしのゲン」だって、わたしの小学校では、あまりに怖くて気持ち悪くて、掃除用具入れにこっそりつっこまれていました。男の子が女の子を泣かせて遊ぶための小道具だったのです(男の子も泣くけど)。

 日本語学習者向けの読み物、なんて、そうそうありません。ここは、ひとつ、がんばりたいな。と思いました。被爆者のかたがたは、もう、ずいぶん年をとられている。彼らの口から直接聞くことができる期間は、もう残り少ない。はやく、とりかからないと。

 おじいさんは、わたしのアイデアに協力する、と言ってくださいました。必要なら、他の被爆者の方や、研究グループも紹介できるかも、とまで。なんと、ありがたい。

 そして、おじいさんの書かれた本をいただきました。資料館の事務室に、わたし宛にことづけてくださったのです。本のタイトルは、『ピンク色のきのこ雲』。当時中学生だったおじいさんの目には、ピカのときの雲は、なんともきれいなピンク色に映って、学校のみんなと作業の手をとめてみとれていた、と。ずきり、とくるタイトルです。この、ずきり、のような心の動きを、学習している言語から感じ取る、ということは、それは言語学習において、とてもとても大切なことではないかと思うのです。言語は、人の心がつまっているものですから。

 もしかしたら、もう、どこかでしっかりとぐんぐん進められているプロジェクトがあるかもしれない。でも、それを探すところから、わたしは、作業を始めていこうと思いました。

= = = = =
”・・・続きはこちら”みたいなのをつけて、長い記事の一部だけを表示する、という機能を、ほんとうに知りたいと思う、今日このごろです。どうやったら、ええん?
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by mamemama_blog | 2006-12-11 00:20 | ヒロシマ

可視幻想@広島市現代美術館

hana no'eau
1. art [芸術]

hanaは、[仕事、活動]の意味。no'eauは、[熟練した、卓越した]という意味。このふたつで、[芸術]という言葉になる。

= = = = =
 12日は火曜日のことですが、行ってきました。

「可視幻想 山村浩二のアニメーション+原画展」

 家から、1時間以上かけて徒歩で行って、途中でちょっと道にも迷って、そもそも辿り着いたのが遅かった。失敗。ううう。

 どの作品も、ものすっごくて、とにかくじっくり見入ってしまうものばかりでした。鼻息、いっぱい吹きかけてきました。展示されている作品だけでもそれなのに、アニメーションの上映まであるものだから、ますます時間をふんだんに使ってしまう展示でした。

 あぁ〜、絵が描きたくなってくる。単純だけど。触発される。見ていると、なんだか自分にも描けそうな気がしてくるのは、気のせい?

 気のせいだ。だって、あの、山村浩二の世界はすごかったなー。「世界」でしたよ、あれは。絵を生み出す、というより、あれは、彼の目に見えている世界で、彼の周りの世界で、ただ彼はそれをスケッチしているだけなんじゃないかと、わたしは、そんな風に思ったりするのでした。そのくらい、どの作品も、登場キャラクターがいきいきと動いていて、それに、なにもかもが、きちんとつながっている。

 山村浩二の作品、上映もちょこちょこされているようです。挿絵が採用されている本も、気になります。詳しくは、Yamamura Animation's pageまで。

 美術館って、何度も行きたくなります。たとえ同じ展示でも。

 それに、この「広島市現代美術館」そのものが、好き。

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比治山公園も、好き。
黒川紀章のこの建築も、好き。
ミュージアム・ショップも、好き。
ヘンリー・ムーアの広場も、好き。
隣接する「まんが図書館」も、好き。
のんびり散歩する近所の人+犬も、好き。

好き。
好き。
好き。


 時間がなくて、常設展に行き損ねたわたし。半券残っとるけど、使えるんじゃろーか?まんが図書館にも行きたいし、また比治山まで歩こうかな。

 ちなみに、次の展示は、10月1日から「造形集団 海洋堂の軌跡」です。こーれーはー、要チェックです!さすが、広島市現代美術館。企画がおもしろいー。(広島市現代美術館Homepageも凝っていて、なかなかデザイン性が高いですー)

 はて、10月まで、わたしは広島におるんじゃろーか・・・。
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by mamemama_blog | 2006-09-14 01:40 | ヒロシマ

8月のヒロシマ

maluhia
1. peace, quiet, security, safety [平和,静寂,安全]
E maluhia ka honua! (= Let there be peace on earth! [地球に平和を!])

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f0085850_1416717.jpg 8月の広島市中心部は、ヒロシマになります。平和公園を中心に、観光客がたくさんやってきます。7月末あたりから、欧米人観光客がどやどやと増えてきて、8月6日前後にはピークに。今でも、多いです。みんな、真っ白な顔や手足を真っ赤にして、暑いヒロシマを歩いています。

 ワイキキより、絶対、欧米人率、高いです。

 さて、このなかで、アメリカ人率はどのくらいなのでしょーか?


 日本国内と国外を行き来するようになって、はじめて、自分がヒロシマの人間であることの意味がわかりました。爆心地も、平和公園も、すぐそこで、ヒバクシャとひとつ屋根の下で育った割には、実は、知らないことだらけで、ありゃりゃ、と思ったものです。「広島から来ました」と言って、怖がられたり、かわいそうがられたりして、??な気持ちになったことも少なくありません。

 こんな世界の中で、静かに、でも誰よりも強く、「平和」を訴えることができるのは、ヒロシマの力だと思います。自分でも、原爆ドームをふと目にして、ぞっとすることがあります。こんなに便利で発展した世界に、こんなに無惨な建物があることに。その景色は、日本社会に暮らす人の目には、全くもって現実的でないのですが、でも、現実なのです。本当に起こったのです。こういうことは、本当に起こってしまうのです。こんな景色が広がる場所は、今も世界にたくさんあるのです。

 先日、実に腹の立つことがあって、一晩中わたしは腹を立て続けていて、次の日になっても、またその次の日になっても、まだむかむかしていたのだけれど、平和公園に行ったら、落ち着きました。

Love and Peace.
Aloha a Maluhia.
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by mamemama_blog | 2006-08-14 14:24 | ヒロシマ

広島の空 ハワイイの空

lani
1. sky, heaven [空、天国]
※Kailuaの町のお隣にある、ビーチの美しい町、Lanikai。
"lani(空)" +"kai(海)"=空海。
・・・「くうかい」と読まないように。笑。

= = = = =
 自動車免許の更新に行ってきました。日本に帰ってくると、いつも免許更新をしている気がします。

 2004年、マレーシアから帰国した際は、在馬中に免許の期限が切れる、という例外的な事態だったため、パスポートを見せて、なにやら書類を書いて、口でも説明させられて、数時間拘束されて・・・、と、発給してもらうまで、なかなか面倒でした。

 今回は、ただの更新。わたしが「イヤ、イヤ」をして、ハワイイ滞在をあと1ヶ月と数日延ばしていたら、また期限が切れ、またまた面倒なことをしていたところだけど、今回は無事、セーフ。

 つまり、あと数日で、わたしは誕生日を迎える、ということ。

 しかし、自動車免許センターというのは、何かにつけて拘束される場所ですね。最初から最後まで、結局4時間かかりました。

 もろもろを待っている間、できるだけ、建物の外に出ていました。広島の免許センターは、山の中にあって、緑が多いのです。それを眺めていました。

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 こういうのを「山々」と言うんだなー。何層にも重なって、濃淡があって。遠くの山ほど、色が薄くなる。それにしても、日本の(広島の)空は、白いなー。

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 UHのキャンパスから寮に向かう、毎日通った道とそこからの景色。Manoaの山がそびえています。ハワイイは、山の緑も、空の青も、濃い。雲も、元気。

 なんで、こんなに空が違うんじゃろう。

 帰国の前日、H野さんと一緒に、ala moanaからバスで西に1時間弱行ったところにある、pearlridgeにお出かけをしました(何をしに行ったか、後日書きます)。高台から見下ろす("ridge"は「尾根」の意味)、pearl harbor(真珠湾)。その上に広がる真っ青な空。

 立ち止まって、空を見ていました。「ハワイイって空が大きいと思うんです」とわたしが言うと、一緒に空を見ていたH野さんは、わたしの言葉の意味がわからないのか、どうでもいいのか、そもそもわたしの話を聞いていなかったのか、「はー」と気の抜けた返事をされました。

 それとも、H野さんは、違う空を見ていたのかもしれません。だって、わたしという人間ひとりだって、気分によって空が違うような気がする。わたしじゃない人の目に映る空は、はかりしれない。この写真だって、カメラのレンズを通したもの(そしてそのカメラは壊れる寸前・・・)。

 わたしがpearlridgeで見た、あの日の、あのときの、あの場所の、あの空は、どうやっても伝えようがありません。でも、忘れようもありません。だから、写真は撮らなかった。

 ハワイイの、この、空に対する感覚。ハワイイにいる(orハワイイをご存知)の方なら、絶対分かると思います。
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by mamemama_blog | 2006-06-14 01:56 | ヒロシマ

広島に帰りました

 12日の8:20pm、広島空港にChina airlinesの飛行機が降り立ちました。わたしは、広島に帰ってきました。

 空港まで迎えに来てくれた両親は、わたしが遠い土地にしばらく滞在し、そして帰ってくる、ということにすっかり慣れっこで、さして驚きもなく。わたしの肌の色が黒いことや、boogie boardとukuleleを抱えていることも、そんなの知っとったわいね、という感じで。

 10ヶ月会えなかった息子たん、おまめは、しばらくして母を思い出してくれました。名前を呼べば、鼻タッチの挨拶をしてくれました。

 こちらも10ヶ月会えなかった妹、さくらは、さすが、犬。忘れてなんかいませんでした。大歓迎。この子が、最も私の帰国を歓迎してくれたのでは(帰ってきたのが、ハワイイからでも、近所のスーパーからでも、同じだけど)?

 今朝は、ハワイイにいた頃と同じぐらいの時間に目が覚めました。5:30am。私は、時差ぼけをあまりしたことがありません。

 ハワイイにいたころと同じように、朝の散歩に出かけます。遊ぼうよ、と元気な息子たんにはちょっと失礼して、ひとりで。

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 サンライズからの帰り、H野さんとTksと3人でアラワイ運河を歩いているとき、広島の川を思い出しました。そう、この川。海んちゅ、山んちゅ、島んちゅ、ならぬ、わたしは川んちゅ。

 日本の木や草、花も捨てたものではありません。でも、ハワイイのあの、元気いっぱいな何もかもが濃い自然も、とても恋しい。だって、わたしがハワイイを発ったのは、いろいろなものたちが最高に元気な夏だったのです。

 家を出るとき、帰国の少し前に出会って買った、ロコの職人さんが作ったという、プルメリアの香りのする香水を耳の下に少しつけました。目を閉じると、プルメリアがすぐそこに咲いている気がします。わたしは、濃いピンクの縁の、中側の白い、花びらの先のとがっている子が好きです。

 すれ違う、朝の散歩を楽しむ人たちに、つい、ハワイイ式笑顔で"Good morning!"と言ってしまいました。あちらは、「おはようございます」と丁寧に頭を下げられました。あらら、間違えた。でも、こっちが英語で、動きが通常の日本人と違っていても、挨拶をしている、ということが伝われば、それでよいのです。朝、川で会う人たちは、みんな挨拶をします。

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 平和公園はすぐ近く。朝の原爆ドームは、美しいです。

 高校生のとき、毎朝走っていました。そういえば。平和公園は、一休みの場所でした。そのころと変わらない景色。向こうを走る電車のデザインが違うぐらいでしょうか。

 日本の街は、とても情報が多い。看板、ポスター、自動販売機。家から平和公園までの、たった少しの道のりだけで、久しぶりの日本語に、頭がパンクしそう。

 ハワイイのみなさんは、元気でいらっしゃるでしょうか。
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by mamemama_blog | 2006-06-13 07:51 | ヒロシマ