タイランドと猫とわたし

カテゴリ:ぐるぐるなわたし( 67 )

広島に帰りたいと本気で思いました

 退院したのが、土曜の午後。土曜の夜は、お友達先生とインド料理を食べに行って、リフレッシュ(ドクターにはスパイスを避けるように言われたけど、体の健康より精神的健康を選んだ)。

 日曜。朝はゆっくりして、昼過ぎからおでかけ。街に行って、映画をみたり、マッサージに行ったり、ゆったりとした時間を過ごすつもり・・・・だった。

 できませんでした。

 家から少し歩いたところでつかまえたバイクタクシー。大通りまで行ってもらって、そこでタクシーを拾おうと思っていた。で、このバイクタクシーの後ろから、わたしは落っこちました。頭から。


 あ、自分落ちてる、と気づいてから、地面にごんっと着地するまでのほんの短い間、いろいろかけめぐりました。

  また病院だ。
  どのくらいひどいかな。
  死なないかな。
  おまめ大丈夫かな。
  落ちたのがおまめじゃなくてよかったな。
  ・・・エトセトラ
               ごんっ
                      (しばらく、空白・・・・・・・・・・)

 全身打撲で病院に行きましたが、大きな問題はありませんでした。わたしを病院まで付き添って、そのまま、アフタヌーンティーまで一緒に行ってくれて、励ましてくれたFかさんとMみさん、ありがとう。

 それから、夜、何故かバンコクに来ていたK林夫妻。楽しかったです。

 次の日の月曜日は中国正月の振替で、学校はお休み。次の日のほうが、痛みがひどいです。筋肉痛みたいなのね、打撲って。

 わたしは、広島に本気で帰りたいと思いました。思っています。

 楽しい話題がなくて、とても残念です。このブログ、暗いな。
[PR]

わたし病人ですからっ!

 またまた入院してしまいました。2泊3日でした。やれやれ。

 前と同じ病室に運ばれて、点滴やら薬やらで眠らされて、朝目が覚めると、すでに顔なじみになった担当のドクター。「おやおや、またまた、まあまあ」みたいなことを言われました。Thalassemiaの件といい、やたらと慎重なこのドクター。わたしの心臓の音と聴いて、「何かおかしな音がするぞっ」と。

 心臓科に運ばれて、何やらいろんなものをあてられたり、させられたり、いろいろして、でも、わたしには、心臓が悪いような気は全然しないんだけど・・・。とか思ってぼーっとしていると、心臓担当のお医者さんが、なにやらタイ語でしゃべっている。「タイ語分からないんですけどー」と言うと、「”問題ない”っていう意味のタイ語ですよ。このタイ語、重要だから覚えるといいよっ!」と陽気な医師。・・・すみません。病人には、外国語を学習する余裕はありませんから。

 同じ病室へ戻ってまた一休み。にこにこしてやってきた馴染みのドクターによると、心臓の変な音は、わたしの疲労に対して心臓が必死に頑張って血を送っている音だとか。・・・そんなことってあるの?「mameさんは体が小さいし、心臓周辺のお肉が薄いので、心臓が大変なのがすぐ聞こえてしまうのです」だって。説明の後半部に、少々怒りを感じてしまうわたし・・・。アンド、Thalassemiaは陰性だったそうです。だから言ったでしょー。わたしは地中海とは縁もゆかりもないんだってばー。

 「なんでわたしは、こんなによく倒れるんでしょーか」と聞くと、「貧血で体が弱いのにゆっくり休まないから」との返事。あーーー、わたしにも誰にも分かる、なんと単純な理由。

 点滴を受けながら病室で横になっていると、定期検診のナースがやってきました。わたしの顔を見て、ナースの口から出た言葉。

「すっごく顔色悪いけど、大丈夫?」

 ・・・えっと、大丈夫じゃないです。だからわたしはここに運ばれてきたんですけど・・・。

 しばらくして、すっごいスリットの入ったチャイナドレスのおねえさんがやってきました。

「お元気ですかー?」

 ・・・えっと、彼女は一体、どんな答えを期待しているのでしょう。

 そして、彼女が満面の笑顔で枕元においていったのが、これ。
f0085850_1741565.jpg


 そういえば、Chinese New Yearでした。街中、賑やかになっていることでしょー。
[PR]

入院を夢に見る

 もう2週間以上前、急遽入院した病院の病室が、これです。
f0085850_19583752.jpg

 バンコクの郊外を見渡せる、11階の個室。衛星放送の見られるテレビ付き。

f0085850_201796.jpg

 大変きれいなバスルーム付き。わたしが日本人だということはばれているので、日本語の新聞も配達される。コーヒーも水もコーラもたくさん飲める。

 そんな、とても、とても、待遇のよい部屋でした。学校の保険で全部カバーされる、と分かっていたけど、貧乏性のわたしは、「スタンダードでいいです」と言いました。でも、それで、これ。スーペリアの病室とか、一体どんなことになっているんだろう?

 おかしいのが、食事。食事は、日本の病院と違って、自分でメニューから選んで注文して、部屋まで運んでもらう。病室にあった、普通のレストランのようなメニューを広げると、グリーンカレーとかフィレステーキとか、病人が食べそうにないものまで、ずらり。食事の選択は、病人の自己責任なのか?

 わたしは、胃腸炎および貧血、という診断をくだされ、ここにいました。ドクターには、野菜と乳製品は食べちゃダメ、と言われたけど、メニューにはずらりと並んでいた。そのときのわたしは、食欲ゼロで、ブラウニー1切れさえ食べられなかった。だから、関係ないけど。でも、おかしいなー。

 そのときの血液検査の結果を聞きに、今日ドクターの部屋に行きました。そしたら、「もういちど検査をしましょう」と。

 Thalassemiaという病気があるそうです(日本語では、「地中海式貧血」と訳されるみたい)。それかもしれないから、とドクター。2週間ごとに通って、少しずつ解明しないといけないらしい。面倒くさい。

 通うぐらいなら、ずっと入院しておきたいなーーーーー、と心から思うのです。毎日、限界を超えて、大変忙しくしています。ドクター、わたしにまた、入院宣告をしてくれればいいのに。
[PR]

入院しました

 入院してました。さっき帰ってきました。

 タイの医療は、なかなかしっかりしています。お金さえ払えば、だけど。

 おやすみなさい。
[PR]

How is your cat?

 わたしが、今の学校に来たばかりのころ、まだ授業が本格的に始まってなかったころ、すれ違う先生たちからいただく挨拶は、「あー新しい日本語の先生でしょー。よろしくー」といったものでした。名前を名乗り合って、そしてほとんどの先生の口から出る次の言葉。

How is your cat? (猫ちゃんはどう?)そして、にこにこにこ。

 どこかで誰かに話したことが、広がっていたみたいです。びっくり。おもしろい。

 今でも、先生同士ですれ違うと、「今日はどう?」「クラスはどう?」「大丈夫?」とか、いろんな声をかけてもらってます。このあたり、アメリカっていいです(うちの学校はアメリカ系らしいと最近知った)。わたしも、最初は、簡単な挨拶ぐらいですませようと、「大丈夫よ」とか言っていたけど、それがだんだん、「なんとか」「大丈夫、だといいんだけど」となり、1週間後には、「かろうじて生きてます」にまでテンションが下がっていきました。

 2週間を終えた先日、金曜日、日本の学校でいえば教頭にあたるMr. マイケルと話すことができました。生活のこと、授業のこと、落ち着いたかどうか、いろいろ気にかけてくださいました。そして、正直に言いました。「まだ大変です。全然慣れません。」

 ひとつ、6年生で、全く手に負えず、授業後にいつも頭を抱えてうるうるしてしまうクラスがあります。それを言いました。本当に、もうだめなんです、と。

 そして、Mr.マイケルから出た、素敵な提案。「じゃあ、Hello!って子どもたちに言いに行く感じで、クラスを覗きに行くよ。子どもたちが落ち着くまで、毎日、ね。何時間目のクラス?」

 子どもたちは、クラスで"おいた"をすると、休憩時間にMr.マイケルに面接しないといけないことになっています。子どもたちは、大好きなサッカーとか、ピンポンとかが休憩時間にできなくなってしまうから、素直にこれを恐れています。だから、Mr.マイケルがクラスにやってくる、ということがどういうことか、簡単に察しがつくわけで。

 来週から、あの子たちがどう変わっていくのか、どきどき、はらはらです。

 ほっとしているわたしを見て、和やかに笑うMr.マイケル。そして、出た言葉。

 How is your cat? ・・・Mr.マイケル、あなたもですか。

f0085850_16462534.jpg おまめは、大変元気です。

 毎日、庭のマンゴーの木を眺めてますよ。

 実がついたら、教えてくれるかな。
[PR]

無の世界へ

 今日は、全クラス、いずれもお習字でした。

 彼らに墨のついた筆を持たせると、それは動く凶器に変わります。ぜっっっっっったい、わたしが掃除をするようなハメになるのは嫌だったし、制服が汚れただのぎゃーぴー言い出したら手に負えないし、ということで、今日は、「遊びのお習字」でもなく、「日本文化紹介のお習字」でもなく、「精神統一のお習字」をしました。

 「お習字ってなに?」「なんでお習字をするの?」と聞くと、

Japanese writing とか
Drawing とか
Decoration とか  いろいろアイデアが出てきます。

 ちっちっち。子どもたちよ、お習字はもっともっと深いのだよ。

 BGMに篠笛CDをかけ、わたしはいつになくゆっくり動き、低い声で話します。字は、書いたその人を表します。震えていたり、バランスが崩れていたり、太い線と細い線が混ざっていたりしたら、その人は、そういう心だということです。みなさんは、どんな心を持っていますか?

 筆と墨を渡す前に、メディテーション(瞑想?)をしました。姿勢を正して5分間、「無」の世界に行ってもらいました。mame「だれかいる?」 Pm「だれもいないよ」 mame「何か見える?」 Mck「何も見えないよ」 そして、mame「何か聞こえる?」と聞くと、「何も聞こえないよ」との答え!「mame先生の声ー」とか「変な笛の音ー」とか、そんな返事はないのです。

 すごいですねー。子どもって。

 目を開けた彼らに、"Welcome to the Calligraphy World(習字の世界へようこそ)"と言うと、そこにはいつにない、静寂の世界が!にたにたもしない、真面目な顔が並んでいました。

 ・・・ま、その後、その静寂は、一番長くても5分で終わるんだけど。

 しかし、これはなかなか好評だったのです。わたしも、その後が楽だったし。

 明日もお習字。明日も、無の世界に彼らを連れて行きます。わたしも、精神は乱れ放題。一緒に、精神統一してきます。
[PR]

未だout of controlだけど、補足

 なんだか書き方がまずかったかもしれませんが、前の記事、補足をせねば。

 まず、子ども、つまり生徒たちは、全く悪くありません。途方に暮れて同僚の先生と話しているとき、「なんであんなに子どもっぽい(childish)んだろー」って言ったら、「子どもっぽいんじゃなくて、子ども(child)なのよ、彼らは!」と言われました。そりゃそーだ。11-13歳じゃもんね。

 だから、だだをこねたり、嘘をついて楽をしようとしたり、気をひこうとして隣の子をつついたり、もう、わやくちゃなわけです。ただし、放置していたら、の話。ここが、先生の腕の見せ所なわけで、つまり、クラス・コントロールが必要なわけで、そのあたりの能力のなさをしみじみ感じて、自分に絶望しているところです。

 それから、学校も悪くないです。ここはとてもシステムが整っています。ただ、わたしのやってきたJapanese Languageのクラスは、まだできて日が浅く、カリキュラムが整っていません。でも、お隣の高等科はもう整っていて、そちらからの要望もあったり。全く自由にやっていいというわけではありません。そのあたりの、裁量が難しいのです。学期始まってからさせられるなんて、辛いのひとこと。

 子どもたちが、一番困っているはずです。2年の間に、もう先生が3回も変わったみたいです。わたしが彼らに慣れなければいけないのと同様、彼らもわたしに慣れなければいけません。広島アクセントとか、声のトーンが低いとか、そういうことではないですよ。人間的な問題です。だから、彼らも、今、わたしをあの手この手で試しているのです。

 毎日ふらふらになっているのに、土曜日出勤しているわたしを見つけて、お隣のSrhが言いました。「mame, セメスターが終わったら、白髪かはげかどっちかね」

 さぁ、どちらに賭けますか?
[PR]

アウト・オブ・コントロール

 学校が始まって4日たちました。

 もう、くたくた。さっぱり、わからない。カリキュラムも、ない。シラバスも、ない。これまでどんな授業だったのか、わからない。知るすべがない。でも、わたしは、日本語を勉強してもらわないといけない。それで成績を出さないといけない。でも、わたしは、高校で勉強するようなことは教えちゃいけない。インターナショナル・スクールになんとなく流れる、暗黙の空気に慣れないといけない。英語で授業を進めることに、慣れないといけない。

 でも、わからない、わからない、わからない。でも、考える時間なんて、ない。ひどい。

 容赦なく時間はすぎ、わたしの部屋にはつぎつぎに生徒たちが押し寄せてくる。11歳から13歳のこどもたち。わたしが、どうしていいのか困っていることに、”かこつけて”、もう好き放題。追い打ちをかけられて、もう、わたしは、思考停止。ほんとうに、さっぱりわからない。

 気がついたら、こどもたちが去ったあとの教室で、わたしは涙を流していました。どうしたらいいのか、ほんとうに、ほんとうに、わからない。



 教案を書く気力も、授業の準備をする体力も、もうありません。



 頭がからっぽになったわたしは、明日、三線を持っていくことにしました。安里屋ゆんたの替え歌を、みんなでいっしょに作ろうと思います。今、お手本になるのを、考えているところです。

♪さあ 日本 いいとこ みなさんこんにちは
 すしも おいしい さくらも きれいだよ
 マタハーリヌ ツンダラカヌシャマヨー♪

 ・・・語彙に制限があるだけに、おもしろくない・・・。そして、わたしのテンションは、三線をやるにはおそろしく低い。
 なんかいい歌詞、ないでしょーか?

 どんなにくたくたになっても、わたしには生徒がいて、生徒には時間割があって、学校にはスケジュールがあって、わたしは自分で組み立てて、決めないといけない。日本語のクラスは、わたしがひとりで担当しているから。

 でも、わからない、わからない。

 三線持っていって、それでも無意味なら、もう、わたしはどうしていいやら、わからない。毎日、崖っぷちです。もう、ビザの問題なんて、ちっぽけなものですわ。わたしには、目の前の課題が大きすぎて、多すぎる。全てについて、アウト・オブ・コントロールです。
[PR]

2007年が始まりました

新年 あけまして おめでとう ございます
f0085850_20432221.jpg


 今回のテロで被害に遭われた方々のご冥福を、心よりお祈りします。

 「大丈夫か?」といったメールを、いくつかいただいたのですが、この場を借りて報告させてください。わたしは、無事です。

 まだ、家にネットがつながっていません。今も、知り合いのサービス・アパートメントに来て、そこのラウンジで、無線LANを、住人のふりをして使わせてもらっています。だから、なかなか落ち着いてメールを書いたり、blogの記事をアップしたりできません。まめに返事ができなくて、ごめんなさい。

 テロがあったことは、1日の夕方に、メールを開いて知りました。わたしの住んでいる村は、いたって平和ですから。それに、家にはテレビもラジオもネットもなくて、村には英語の新聞もないから。

 地球のポケットにいるみたいです。おまめと一緒に。

 元気ではないけど、なんとか、生きていますので、そのお知らせでした。
[PR]

切れた

ハワイイで買ったネックレスが、切れた。

とっても、お気に入りだった。

それを服の外に出しているときは、ほぼ100%、見た人に、なにかしらのコメントをもらえるネックレスだった。色がね、ぱぁっと、目に入るん。

最近、なんだかしょんぼりですが、そこに追い打ちをかけたわ、これ。

どうして今?

f0085850_23374543.jpg


アメリカ合衆国、最南端の地、South point。
この海のような色をしたトップがついているネックレスなんです。
[PR]