タイランドと猫とわたし

カテゴリ:音楽つらつら( 30 )

一年前 一年後 いま

 一年前の3月11日に東北地方で起こったこと。今日は、日本だけでなく、世界中で、祈りが送られていると思います。

 バンコクの片隅でも、祈りました。

 一年前のちょうどこの日、当時やっていたバンドのギグの日でした。金曜でした。学校が終わって、練習をしようと言っていて。でも、ニュースをチェックしてコンピュータの画面に釘付けになってしまった私は、練習に遅刻して。なんとかギグを始められて。お願い、と言ってこの曲をやって。歌う前に、マイクで話して。今日こんなことがあったんです、と、それでどうしても歌いたいんです、と。でも、店の人たちは、まだきっと映像を見ていない人も多かった。よく分かってなかった。ちょっとの人だけ、おしゃべりをやめて、聞いてくれた。くそっ、と思った。でも、そんな私も、よく分かってなかった。でも、歌わずにはいられんかった。



満月の夕 アン・サリー

 それから、いっぱいこの歌をいろんなところで歌ったな。あそこのバーでも、あそこのバーでも、学校のホールでも、教室でも。

 今日も、三線と、それからピアノで歌った。家でね。聞いとるのは、おまめだけじゃったけどね。

 ずっと、いろいろ大変で、心から歌う、ということができんでおったん。

 やっと、歌えた。

 これからも、歌おう。

 うちなーぐちバージョンを見つけた。三線で、これでもできるかね。

満月の夕 うちなーぐちバージョン 平安隆作詞
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by mamemama_blog | 2012-03-11 23:45 | 音楽つらつら

いろんな幅の広さ

 例の、ピアノ猛特訓は、泡に消えました。

 本日、芝居のDirectorから連絡がありました。わたしの参加は見送られることになりました。見送られるというか、実状は、もうない、というか。

 まぁ、いいや。ちゃんちゃん。

 周囲になんじゃかんじゃ、と少し愚痴とまき散らし、解消。しかし結論としては、「練習は無駄になってないもんね」でした。何事も、真剣にやっていたことは、無駄ではないのだ。(←前向き)

 ピアノのレッスンに通わなくなってから久しいです。宿題があって、先生にチェックされると分かっていたときは、よく練習した。その練習の訓練法は、身に染み着いています。

 このところは、自分のある程度できる曲を、楽しむように弾く。ぽろりーん、と。つまり、できる曲しか弾かなくなってしまったのだ。なんと、ぐうたらな。

 しかし、練習した、わたしは。真剣に。

 指の体操。ひたすら体操。指がぐにゃぐにゃになるまで、あのテンポこのテンポ、このリズムからあのリズムまで、ひたすら一直線。曲に入る。ゆっくり弾く。指を立てる。固いフォルテでがっちり弾く。ペダルはない。自分の音を聞く。ごまかせないように。自分の耳が一番ごまかせない。自分でも絶対に許さない。妥協しない。指をたてて、弾く、弾く、弾く。

 こういうふうに訓練をすると、毎日2時間なんて、あっという間にすぎていくものです。そして、最近はまさにこのとおりでした。ほんまの曲らしい曲を弾くのは、ほんの一握りの時間。

 そ、か。と思った。

 ほんとうに固い音を指が知らないと、柔らかい音は出せない。ほんとうに大きな音を耳が知らないと、ささやくような音は探せない。練習のときから、すぐに柔らかいささやくような甘い音は出さないもの。最後にそこに行き着くべきと知っていても、そうはしないもの。fff(フォルティッシシモ)からppp(ピアニッシシモ)まで、指は動く。そしてはじめて、自分の、曲の求める音を定める。

 振り幅がないと、ピンポイントはつけないのですね。体で知っていた。そして、思い出した。

 なんとも言えない快感。この、サディスティックに鍛え上げるところは、体の芯が反応する。

 と、なんかうまく言えんけど、とにかく、しばらくの真剣な猛特訓は、わたしの何かを呼び覚ましたのでした。そして、いつものことながら、音楽に出会えたことに、心から感謝したのでした。音楽だけでなく、いろんなことに、教訓を与えているように感じる。音楽は、いろんなことを教えてくれる。

 振り幅をおおきく。広く。深く。それから、求めるものを聴き、定める。


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馬に乗って、3日間旅をしていたとき、湖のほとりで休憩。モンゴル人の旅のともに、モンゴルの歌を教えてもらいました。ふんふんと歌う彼らに耳を澄ませて、楽譜におこす。それを見て、自分で歌ってみる。すごい、もう歌えたよ、この子!と驚かれる。音楽って言語とよく似ているときがある。言語も、一定の規則のもと文字があって、それを書き写すという作業は、あとに残そうとする作業。楽譜もそうね。音を残したいわけ。音楽は、深い。この曲、ピアノで弾いてみよう、あした。
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by mamemama_blog | 2011-09-07 01:00 | 音楽つらつら

変わるということ

 ずっとうまく行くと思っていたのに。

 このまま一緒に進んで行くと思っていたのに。


 というよーなじめじめがふと現れ、そして消え。またなんでもない顔で会いつつ、でもまたじめじめが顔を出してはじとっとする。そんな月日をずいぶんと過ごしました。

 しかし、じめじめくんは雨季とともに勢力を増し、もはや限界値に。ある日、じとっという感じではあるものの、小さな爆発を起こしたのでした。

 「もう、一緒にやるのはやめるわ」

 理由は説明がうまくつかない。でも、心にじめじめがあるというこの事実。どうにもこうにも。理由がどうであれ、続かないのは、続けられないのは、もう確実だもの。話し合う意味がどこにあるというだろう。

 と、自分に開き直りながら、でもずいぶん暗くなって。自己嫌悪かしらね。小さな旅に出ました。

 友だちと、川縁のバンガローでだらだらたらたら揺られながら、話す。川に浮かぶ小屋に泊まったん。

 変わるのも素晴らしいことだし、そのうえ、その変わることに素直に反応したことも、なんとも素晴らしい。

 という、友の言葉が、今週の第一位に輝いたと思う。

 わたしは、数ヶ月、お願いだからこれが幻であってくれ、気のせいであってくれ、と思いながら、もやもやじとじとしながら、一緒にやってきた。でも、そのもやじとから、どうしても目が離せなくなった。どうやら、幻でも気のせいでもなかった。


 変わったほうも変わって自然だったし、変わったことに反応したほうもそれが自然だったんだ。


 もう少しいい方法があったかどうか(爆発しないですんだかどうか)は、考える意味がない。もう、それは起こってしまった。もういいことにしよう。

= = =
 一年と少し続いた異国籍バンド。今日の晩を最後に、ギグをしばらくお休みします。彼らは彼らでやってほしいし、わたしもわたしでやっていく。無理に一緒に進むことはない。

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by mamemama_blog | 2011-06-04 18:48 | 音楽つらつら

音と旅に出る

 こういうお祭りがあるので、ちょっといってきます。

 去年は、三線で何かをやってくれ、と頼まれて、ちょうど連休だったし、行った。おもしろかった。今年は、また見事にタイミングよく学校のmid-term休みと重なっていて、行くことに。今年は何も頼まれていないけど、自分の楽器を抱えて、行こう。出会った人たちとなんかできたら、それって楽しいし。


 あ


 出会ってしまいました。これからその祭りに行くというアーティストたちに。話をすることができて、よし、では、山に囲まれて、一緒にやろっか。ということに。わーい。うん、うん。うち、三線持って行くよ。

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 天草(てんぐさ、と読む)というバンドのメンバーの2名が、バンコクでギグをしていました。とっても、よい音で、空気じゃった。カホンも、ギターも。もう旅に連れてかれた感じ。

 一緒に、三線弾いて、メロディカを吹く。山のなかで。気持ちいーじゃろーな。楽しみ。

= = =
 このイベント。どうやら毎年あるようです。そして、日本でそもそも始まったもので、今でも、どこそこで行われているとか。ヒッピーイベントです。自然です。大地です。太陽です。

 実は、当初、友だちとキャンプをしよう!と大変に盛り上がっていました。この時期のタイ北部、朝晩はジャケットがいるくらい冷え込みます。テントで寝たら、どれほど気持ちのいいことか。そして、川で汗を流して、あー、温泉もあったか…。と、しかし、直前になって、突然その友だちが行けなくなったと言うではないか!「そんなん、うちどーしたらいーんねーーーーぇ!」とひとしきり困った気持ちを発散させて、でもちょびっとテンションさがって(自分でテントが作れんのん。涙)。そして、きちんと旅の友は見つかり、そして、キャンプはやめて、きちんとしたところに泊まることに。そして、こーんな素敵な人たちにフライングで会って、またまたテンションは急上昇。

 行けなくなった友は、かわいそうに、大変に悲しんでいた。ほーよね、行けんよーなったゆーても、せめちゃー、いけん。たくさんお土産話を持って帰って来るけーね。待っときんちゃい。

 むー。来年こそは、キャンプをしよう。今年は、どんな感じが偵察をしよう。うん、絶対!

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by mamemama_blog | 2011-02-15 02:05 | 音楽つらつら

Jazz Piano Lesson 終了

 いろいろあったJaz Pianoのレッスンは、本日をもって終了しました。決裂したからです。

 ことばの壁があったのは、確実。しかし、その他に、確実に分かりあえないことがあった。そして、それを埋めるべきことばを、お互い持ち合っていなかったということ。

 わたしは、楽譜があって、それをもとにきちんと練習したら、きれいにピアノが弾ける。でも、生来のすばらしいピアニストではない。努力があってこその、ピアニスト。それに、頭がすこぶるきれるわけでも、素晴らしい記憶力をもっているわけでもない。普通の人です。

 よいしょ、よいしょ、と弾いて、あら、間違う。云々と説明を受けて、ぽろりん。あ、違う。忘れないよう、メモをとる。そのメモが間違っている、直す。よいしょ、弾いてみる。あ、できた。じゃ、次。時間をかけて考えて、ぽろりん。あ、また間違えた。

 たしかに、素晴らしい生徒ではなかったでしょう。クラシックと違う、いろんなこと。今まで日本語でしか習ったことがない音楽。英語の言葉も知らないのがたくさん。それをタイ語アクセントの強い英語で言われると、ますます分からない率があがる。しかし、わたしは間違いなく「学ぼう」としていた。だからメモもとるし、質問もする。間違えても弾き直す。

 しかし、メモをとって言われる。どうして覚えられないんだ。

 言葉の意味を質問して言われる。どうしてそんなこと知らないんだ。

 弾いたコードが違って言われる。さっきできたのにどうして今はできないんだ。

 腹がたちました。

 "Could you please allow me to make mistakes?" この質問が出る時点で、すでに空気は険悪。でしょ?しかし、わたしはまだ「学ぼう」としている。できないのは、自分だって恥ずかしいし、くやしい。でも、できたら、そんなの、レッスンに来なくていいでしょ?そもそも。

 先生の返事。"No. Because I teach (taught が正しい) you already!"(←タイ語アクセントで読んでください)

 なんじゃと?

"I just started this piece today! I of course cannot play perfectly!"

"Because you do not study!"

"I am, but need time to be good!"

 「教育者のひとりとして言わせてもらいますけど、あなたのしていることは、大変に間違っています。なぜなら……」

 「もういい、話さなくていい。お前はやる気がないんだろう」

 今何て言うた?

 わたしは、きちんとものを言うタイプです。あーで、こーで、こういうのが理解できない。このあたりが、生徒として、いち成人として、非常に不愉快である。説明する。

 「出て行け!」

 本当にひどいことを言う人だと思う。受付で説明。こうこうで、あの人が教えてくれないんですけど…。

 「まだいたのか、出て行けといっただろう!」

 大人になってから、こんなこと言われることって、あるだろうか?

= = =
 反面教師として、自分にプラスに考えたいけど、しかし、非常に憤慨する事件である。ぷんぷん。
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by mamemama_blog | 2010-12-06 21:31 | 音楽つらつら

ショパンな年頃

 ジャズピアノのお稽古。先生は、褒める策に出た模様。どう見てもうそくさい褒めようで、タイミングも不可解で、素直に喜べない、ひねくれた生徒がここにいます。

 基本的に、ちょっと指を間違えたり、ちょっとキーを飛ばしたりしたら、指摘する。

「ほら、今間違えた」
「だって、曲を途中で止めるほうがよっぱど間違いだと思うんです」
「でもきちんと弾かないといけないでしょ」
「でも途中で止まりたくないです。間違えてるなんて、他の誰よりわたしが分かってます」
「3を4でやったでしょ」
「パーフェクトになれと言っているんでしょうか?」
「あとでしわ寄せが来るでしょ、4にすると」
「わ・か・り・ま・し・た」

"You must know..."が"...right?"と並んでよく使われる。慣れたけど、腹がたつ。腹が立つことに慣れたのか?

 眉間にしわを寄せつつ時間が過ぎてレッスン終了。

 そして、最後に彼は言うのだな。

「mame、今日はよかったよー」

 さっきまでの全部と、全然かみあってないんですけど。

= = =
 家のピアノでぽろぽろ練習をする。ジャズとは、まだ、どうも大変に物足りない。きっとわたしが与えられているピースがキーが少ない、単純なものばかりだからだ。

 いたしかたないけど、欲求不満になるので、すぐにクラシックをがしがし弾く。

 しかし、どうも最近変化が。この映画を、少し前の映画祭で鑑賞してからというもの、ショパンがとろけるように頭にある。あまい、あまい。とろとろ。ポーランドの映画。ショパンのピアノの調べがとても悲しく美しく使われていて。ショパンは、ポーランド人であることが誇りだったんよね。

 今まで、ショパンはとにかく苦手だった。ピアノを弾きます、と言って、クラシックです、と言って、「じゃ、何が好きなの?」と聞かれて、つらつらといくつか言ったあと、「ショパンだけは、どうも」というのが、わたしの会話の流れの常でした。ほんまに、苦手で。左手がひまなこと。繰り返しが多いこと。ブラームスをがんがんやったほうが、汗が流れて、指がほどよく疲れて、きもちがいい。

 しかし、今はショパンなのだ。ピアノの先生に、「お願いだからmameちゃん、1曲ぐらいはショパンをしなさい、ね」と言われ、ポロネーズだけはやった。ポロネーズだけは、楽しかった。でも、今は、Waltz L'adieu(別れのワルツ)なのである。

 あー、「別れ」の曲を、あんな風に映画で使ったなんて、ますますしめつけられるなー。

 ショパンで行こう。

 。。。ジャズ?。。。?
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by mamemama_blog | 2010-11-25 00:11 | 音楽つらつら

昇天とは

 潜って登って落ちてとろけたあと、昇天したのですが、それについて。

= = =
 Bangkokでは、毎年、International Festival of Dance and Musicという祭典が開かれます。今年は12回目。今のところ毎年散財して、そして心に栄養を送っています。今年ももちろん。

 しかし、ここ最近の鉄分欠乏症のため(鉄分欠乏してると、極度に疲労がくるらしい)2枚ほどチケットを、せっかく買ったのにすっぽかしてしまっていました。

 そこに、今回の入院。入院中、頭に思い描くのは、これだけ。「今度の日曜日のコンサートは絶対逃さないぞ!!!」

 だって、とっても素晴らしいのです。Zubin Mehta conducts the Israel Philharmonic Orchestra

 ぎゃーぴー言って退院して、それでもふらふらで、行きのタクシーの中でぐったりしながらそれでも到着。CDもしっかり聞いて、マーラーの1番、予習済み。よしよし、がんばるぞ、盛り上がるぞ、元気をもらうぞ!

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(写真はBK Magazineのサイトから失敬)

 結果。品評、論評できるほどの耳は持っておりませんが…

 イスラエルフィルは、メンバー交替をあんまりしないんじゃないかな、とふと思った。1stバイオリンのさりげない一体感。音が揃っているし、粒も、色も。曲目としては、ストラビンスキーの春の祭典、マーラーの巨人と、ぎとぎと、じゃんじゃんいってもよさそうな感じだったのに、金管が突き出ることもなく、弦がいばることもなく、ハープが突然登場した感を出すこともなく、とても、きちんとまとまっていた。8本のコントラバスは、とてもとても引き締まっていて、打楽器陣も悠々としていた。(打楽器陣ってばすうぃーとなおじちゃんがたで、もう、ユダヤ帽とか、おひげとか、とってもイスラエルで、胸きゅんだった)

 ズービン・メータとの付き合いが長い、というのもあるのかな。ズービン、若かったなー、まだまだ。ぴしっとしとった。線が見えた。

= = =
 昇天その2。
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 映画を見て、こんなに真剣に拍手を送ったのははたしていつぶりだろうか?

 あ、こんな時間。そして、鉄分ない。続きは、あした。
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by mamemama_blog | 2010-10-27 01:56 | 音楽つらつら

潜って登って落ちて溶けてそして昇天

 一週間の休みが終わりました。mamemama、先生に戻りました。あーあ、短かったよーぉ。

= = =
 久々のダイビングへタオ島へ行きました。わたしがこの人生で唯一個人的に知るブルガリア人であるDeyちゃんといっしょに。Deyちゃんはバイクが運転できるので(そして、わたしはできないので)、ここぞとバイクを借りてもらって、運転してもらって(わたしは後ろに乗って)、ありえない道やら坂やらを、埃を立てながら、島を縦断しました。必死でたどり着いたクジラの標本がめちゃへぼだったり、盛り上がり満載。ダイビングよりも、よっぽど日焼けしたぞっ。

 夜は、月の周りに光のリングができる現象(ねー、これ何て言うか知らない?)に出くわす。うっとり。うっとり。あー、島に来てよかったよー、ねー、Deyちゃん。

 Deyちゃんは一足先にバンコクに戻り、うちはひとりだらだら。ビーチのレストランで、イカのグリルをビールでぐびぐびしていると、「おねーさん、誰かをお待ち?それとも一人?」と声をかけられる。あら、なんと素敵★と思ってそちらを見ると、なんとも陽気なお兄さんがお二方。その後、深夜までゲームをしたり(動物の鳴き声あてゲーム、など非常に高度できらきらしたゲーム!)して一緒に盛り上がったそのお二人は、ラトビア人とフランス人(マダガスカル在住)という従兄弟さんたちでした。マダガスカルでは、「まーまー、ゆっくり」を「mura-,mura-」と言うらしいぞ。

 なーんだか、言語とか人種とか、もう、どうでもいいぞ!という島の時間で、日本人とかもうどうでもよくなって。そういうのって、島だからかしらん。

 島から帰りのフェリーで同僚のHahに出くわし、そういう話をしていると、彼女たちはイギリス人同士でだいたいいつもいて、そうすると、英語圏が集まるんだってさ。

 あー、分かる、分かる。

 うちも英語はぎゃーぎゃー話すし、別に囲まれたっていいけど、でも、非英語圏の人といるときのほうが、なんとなく、わっくわっくするというか、時に、ぎとぎとするというか、なんというか、なんか、おもしろい、のだ。むきゅきゅっと、なる。

= = =

帰って来て
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by mamemama_blog | 2010-10-26 00:22 | 音楽つらつら

満月の夕 Full Moon Evening

 先日、友だちJ2と加古町のOTIS!にライブに行って、そこでカワちゃんと名乗る男性に会いました。カワちゃんは、「唄うたい」だそうで、あれやこれやとライブの情報をいただいて。

 で、今日、同じくJ2と一緒にカワちゃんのライブに行ってきました。正式には、投げ銭ライブの1バンドがカワちゃんのバンドだったわけだけれど。場所は、流川のPICO。(ここ、始めて行ったけど、よかった。老舗とパーカッションクラブだとか。レッスンもしているそうな。)

 カワちゃんのバンドで、2人がアカペラも交えて歌ってくれた歌が、あー、あー、これ何じゃったかいねー。となって。どうも、この胸に響くやつ。何かいねー。何かいねー。そうよー、三線あるんよ、この曲ー。

 ソウルフラワーユニオンの『満月の夕(ゆうべ)』でした。すてきだった。

 わたしたちが夏休み休暇でバンコクを離れているため、しばし充電中という名の休暇中のThe GoGochas。わたし個人の夏休みの宿題はね、まあ、レパートリーを増やすのはもちろんじゃけど、『沖縄民謡を英語で歌おう、そうすればみんなが分かるけぇ』というものです(あぁ、公言してしまった)。民謡もやりたい、やろう、と思うんじゃけど、それと平行して、こういう唄もやってもいいなー、と思った。

 あ、ネタ、ぱくったじゃろうか。ごめん、カワちゃん。
= = =
満月の夕(ゆうべ)〜95 SINGLE VERSION〜 - ソウル・フラワー・ユニオン
作詞:NAKAGAWA TAKASHI 作曲:NAKAGAWA TAKASHI・YAMAGUCHI HIROSHI

風が吹く 港の方から 焼けあとを包むようにおどす風
悲しくてすべてを笑う 乾く冬の夕

時を超え 国境線から 幾千里のがれきの町に立つ
この胸の振り子は鳴らす “今”を刻むため

飼い主をなくした柴が 同胞とじゃれながら車道を往く
解き放たれすべてを笑う 乾く冬の夕

※ヤサホーヤ うたがきこえる 眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る
解き放て いのちで笑え 満月の夕※

星が降る 満月が笑う 焼けあとを包むようにおどす風
解き放たれすべてを笑う 乾く冬の夕

(※くり返し×2)

解き放て いのちで笑え 満月の夕

La la la…La la la…
= = =
 なんか、染みるわー。


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by mamemama_blog | 2010-07-26 01:52 | 音楽つらつら

決まりました

 コンクールの曲目の抽選がありました。沖縄の先生から連絡が。

  71番 染みなし節

 いい番号ではないか!染みなし節、宮古根より歌いやすいし、やった!

 ここはうかれることなく、気を引き締めて頑張ろうと思います。

 沖縄からの誕生日プレゼントでした。
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by mamemama_blog | 2010-06-15 00:39 | 音楽つらつら