タイランドと猫とわたし

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右手の中指

明日、修士論文提出です。大変です。

こりゃ、本気でがんばらんといけんわ、と思い、まずは、と切った指の爪。今眺めてみると、右手中指の爪だけ、どうも切り忘れた様子。なぜ、この指・・・。

ど真ん中の指の爪を切り忘れるぐらいだから、論文のなかの「書き忘れ」「直し忘れ」「脚注し忘れ」「行空けし忘れ」等々、多く発生することと思われます。警戒注意報。

しかし、何度読み返しても、へらない。直すところが。なぜ。なぜ。

・・・あ、論文に戻りまっす。

次回の投稿は、晴れて提出し終えた後であることを、祈っています。
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こんなものか

pahuopu
1. goal [ゴール、目標] (※also means goalpost

※「音」でイメージをつくって、それで覚えてしまう単語ですね。「ぱふ」。
= = = = =
 夜、家に帰ってから、本当に久しぶりに、パソコンの電源を入れることもなく、シャワーを浴びたあとは、ベットで文庫本を広げて、そのまま眠りにつきました。 今朝は3時におまめと一緒に起きましたが、それでも、こんなに寝たのは久しぶり、という感じ。顔がむくんでいます。

 指導教官に原稿を提出して、そのフィードバックを待っています。今日、返ってくるものを思われます。そうじゃないと、間に合わんし。

 昨日は、論文の全体を発表した。15分、パワーポイントを映したスライドの前で話して、そのあと、質疑応答。15分というのが、短すぎた。時間配分ミス。そのあとの質疑応答は、しんどかった。でも、「そういう人が今までいたから、それに意義を唱えたくて、それでわたしはこの研究をやっているんです!」と、はっきり言えるところもあって。そんなことを質問してくださった方も、「それをmamemamaさんは主張したら、研究の意義が強くなるんじゃないの?」と気づかせようとしてくれたのかな(ポジティブ・シンキング)なんて思ったり。

 実験の結果とその考察に焦点が当てられて、それでディスカッションに火花が散ることだろうと思っていたけど、そうじゃない、"So what?"「だから、どうなのよ」のところも、ディスカッションになって。それは少し意外だった。

 "So what?"

 わたしは、本当に強く、それに答えられるのです。これは、大学院に入ったときから、ずーーーーーっと言ってきた主張。「世のえらそうな教師たちにこれが言いたい」「世の井の中の蛙な教師たちにこれを見せつけてやりたい」「えばりん坊の教師たちにやる気をそがれ、その芽を摘まれている学習者に、あなたは悪くないと教えたい」結局、最後まで変わらず、むしろ、もっと強くなっていった主張。

 わたしの主張は、いつも、いつも、「何、それ?」と言われる。そんなことあるわけないよ。誰がそんなこと言ってるの?それって実験やってわかるものなの?

 そういうあんたに、見せつけてやりたいんだよー。

 それを見せつけるには、科学的根拠しかないと思った。自分だったら、信じないからね。で、実験研究をした。そこまでは、いい。

 問題はねー。その次。その実験で、そこまで強いことが言えるような結果を出せなかったことなのですよ。とほほ。しかし、出せなかったのは、「ない」からじゃなくて、「出し間違えた」からだ、というのは、確信がある。実験計画に穴が多すぎたんですわ。

 今は、その穴をつぎはぎしているところ。見えないように、見られないように。で、ちょっとだけど見えた、わたしの主張の支え棒を、目立つように、派手に派手に。

 実験で見られなかったことを、そんなに広げてあーだこーだ言うのは、心理学の世界では御法度でしょう?淡泊に、細かいところだけ言って終わるのが、セオリーでしょう?だからね、発表では大きなことは言わずにおいたのです。

 でも、言わんといけんのね。かっこつけて。大風呂敷ではないけど、なんか、大げさに。心理学ではいけないけど、教育学ならいいってことなのかな。

 わたしが与えられた時間が終わって、みんながぞろぞろと部屋を去って、なんだか空気がどんよりしていた。

 「無理して、だだこねて、9月修了したいだなんて言って、どんなものかと思ったけど、こんなものか、やれやれ」

 そんな言葉が空気に混じっていた。

 でも、わたしの主張は、絶対に、正しい。そのやり方が、甘かっただけ。それが完璧にできないから、大学院生なんでしょう?学生なんでしょう?ここで勉強しているんでしょう?わたしだって、学習者なんだ。研究の。先生たちは、教育者なんだ。批評家じゃないんだ。わたしを育ててくださいよ。教育者は、芽を摘んじゃいけませんよ。

 芽を摘もうったって、摘ませないけどね。
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最後の日

わたしの、この、寝不足続きでふらふらな大学院生生活の、ひとまず最後の日になるであろう日が決まったそーです。

修士論文審査会

8月8日(火)1:00pm-1:30pm 於:スタジオ

だそーです。

わたし、1人だそーです。

そーいえば、わたし、他の院生がどんな研究しているのか、よく知らないまま、他の学生の発表も見ないまま、見られないまま、1人で修了するのですね。

明日、指導教官に第1稿を提出します。
明日は、きちんと寝るぞ。
だから、今日は頑張るぞ。

おしまい
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数字は語る

 実験の結果が出そろいました。実験1,2,3。これで論文の全体像が見えました。

 出てきたデータを眺めて、ほれぼれ。予想とは大きく異なるけれど、しかし、数字は正直。そうなるには、そうなるだけの理由はあるわけで、その数字の声をわたしがきちんと耳を傾けて聞かないといけないのです。彼らの声を聞いて理解できるだけの「もの」を持っていないといけないのです。

 わたしなりに、声を聞きました。

 数字の向こうの景色が、見えました。

 あとは、わたしが、わたしが持っている「もの」で、その景色になるように、論理のパズルを組み立てるだけです。理攻めは嫌いではありません。大変だけど、なんだか、言葉どおり「攻め」という気持ちになります。

 数字は語る。
 これだから、実験研究はおもしろい。

 手伝ってくれたり、励ましてくれたり、甘いものをくれたり、そっとしといてくれたりした方々、ありがとうございます。どうにか、前に進めそうです。礼を言うのは早いって?いえ、ここまでこれたら、もう、大丈夫なのです!

 と思いたい。
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おひまですか?

横川駅に降り着いて、てくてくと家路につく。もう、すっかり夜です。

電車の中では、データの計算をしていました。
結果が出そうで、嬉しいです。
でも、その、出すまでがまだまだまだまだ大変で。
わたしは、寝られません。
今晩は、夕方猫の手sこに手伝ってもらったデータの打ち込みを頑張ります。

気が付いたら、肩で息をしている。
やれやれ。

後ろから、どたどたと足音が近づいてきて、突然、わたしの道をふさぐ。

「あの、えっと、おひまですか?」
「いえ」

即答。Reaction timeでも測定していたら、1000ms下回っていたか。
そして、その人のリアクションも確認しないまま、わたしは家に向かいました。

なんだったんだ、あの男は。
ひまなわけないだろう。
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猫の手

あります。
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しかし、これが貸してもらえないんだな。

= = = = =
lima
1. hand, arm, sleeve, finger [腕、袖、指] 2. five [5]

※あー。「5」っていう意味もあるんだっ!マレー語と一緒だっ!
lima ulu (=green thumb [緑色の親指])というイディオムが辞書に載っていました。何だ?この意味は。
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by mamemama_blog | 2006-07-09 07:10 |

気が付かない幸せ

hau'oli
1. happiness [幸福]

= = = = =
 わたし、ピアニストです。3,4歳から始め、22歳までレッスンを受け続けたクラシック・ピアノは、血となり肉となり心となり、わたしに流れています。

 「カレーの歌」は素敵な曲です。でもね、うしろのピアノが気になってしょうがないのです、最近。4/4拍子で4拍、3音の和音が刻んでいます。基本的に、いい音で弾いているのです。でもね、ほぼ毎小節、第1拍で小さく入って、2拍目から大きくなって、という「山」があるのです。毎小節。これが、クラシック畑の人間にとっては、気になって、気になって。

 クラシックというのはですね、建築的なのです。表現の層は、ミルフィーユのように、重なっているのです。一番大きいのは、「楽章」でしょうか?で、たーくさんその下にあって、小節単位の「山」は、もう、下の下なのです。そんな下位層で、大きな山をつくっては、それですでに、その曲の層の薄さを物語っているというもの。聞き手としては、「興ざめ」という感じ。

 これは、わたしの音楽の幅を狭めているというのでしょうか?それとも、広がっているというのでしょうか?変なところにまで気が付いて、そして、どーしても許せなくなってしまう、この感覚の働きに、わたしは、最近困っています。「カレーの歌」は、雑念なく聞きたいのです。

 「カレーの歌」のピアノを弾かれた方、すみません。(これと同じ理由で、わたしにはY○SHIKIのピアノが受け入れられません。厚いように見せたいんだろうけど、薄い。)

 先日、全てを放棄して、午前中をピアノに捧げてみました。体の細胞が喜んでおりました。わたしには、理屈でなく、言語化できないけど、どうにもならないくらい、五感がきっちり働いている音楽のルールというものがあるようです。たったひとつの音を出すにも、いろーんな種類の音があって、演奏家はそれをつくらないといけないのです。指の形、圧力、スピード、押さえる長さ、硬さ。たくさん要素はあるんだろうけど、それは、わたしの体が自然にやっています。ちょうど、母語を話すのに、いちいち舌の位置などを気にしていないのと、一緒です。

 というように、理屈っぽい、わたし。
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 この感じで、「研究」にも、いろーいろ気が付いてしまいます。気が付いたら、気になって仕方がない。そこで、言うのがいいのか、言わないのがいいのか。

 今日、遠慮なく言ったら、ひとり被害者を出してしまいました。ごめんねー。

 どうなん?気が付かんほうがいいん?気が付いても、その人は頑張っとるんじゃし、見過ごしたほうがいいん?

(写真は、The contemporary museumの中庭。遠くに、diamond headがのぞいています。)
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by mamemama_blog | 2006-07-07 06:07 | 風景@Hawaiʻi

時間のロス

maka
1. eye, face, sight, view, mesh of net [目、顔、視野、景色、編みの目]
makaaniani = eyeglasses [眼鏡]

= = = = =
 突然言われて、今日、ゼミで時間をいただいて発表をした。

 結論から言って、まったくもって、時間のロスだった。

 「水曜日、発表してください」と言われて、わたしは「ありがとうございます」と言った。時間をいただいて、ディスカッションの機会が得られたことは、行き詰まっているわたしには、とてもありがたいことだったので、素直な言葉として、それが出た。

 しかし、今日のあれは何だったのだ。あれはディスカッションになっていない。数名の方が口を開いて意見をくださった。ありがたかった。確かにわたしが説明がうまくできなかったのもある。しかし、しかし、だ。

 文章のつまったハンド・アウトをつくったら、みんな紙面にくぎづけになることは、目に見えていた。だから、Power pointを作成した。

 なのに。なのに。

 どうして、わたしの顔を見て話を聞かないのだ。どうして、わたしが質問を投げかけているのに、頭ひとつ、眉ひとつ動かさないのだ。無言なのだ。わかっているのか、わからないのか、興味がないのか、それすらさっぱりわからない。

 話を聞いているのか。ハンド・アウトのあらでも探しているのか。どうして、そんなにきちんと椅子に腰をかけて、ペンを持って、紙をみつめていられるのだ。わたしは校正は頼んでいない。紙に一体何を書き込んでいるのだ。何なんだ。自分のためのメモか。誰かのためになるのか?わたしのこの発表は。何を勉強しようとしているのだ。ひとりで勉強しないでほしい。これは、わたしが、わたしの研究を吟味するためにいただいた時間なのだ。

 せっかく、発表者が目の前にいるというのに、どうして意見の、言葉の交換がないのだ。わたしが怖いのか。わたしに腹を立てているのか。わたしに興味がないのか。わたしの研究が下らなさすぎて、言うのが申し訳なくて、それでだまっているのか。

 さっっっっっっっぱりわからない。

 自分の何が悪かったのか、それすら分からない。わたしは絶望的すぎるのか。話すのが遅いから、それで聞いているほうが、イヤになってきたのか。

 興味がないとしか、思えない。「分からない」という反応もない。「ふむふむ」という反応もない。ない、ない、ない。

 90分、スライドの前で話して、残ったのもは、喪失感と、いらだたしさと、ハワイイで繰り返しやってきたディスカッションの懐かしさ。

 これが、日本なのか。それとも、わたしがいけないのか。両方か。

 目を見て話を聞くのは、基本ではないのか。人に表情はないのか。
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ぴょこんと跳ねるような

f0085850_0103754.jpg 嬉しいことがありました。

 今日はもう2回目だけど、書きます。

 ハワイイから郵便が届きました。

"contents"に"CD"と書いてあって。
"Value"が$10を消して$0となっていて。
差出人は、H野さんでした。


 開ける前に、ふたつのことを「賭けて」みました。

 ひとつは、何のCDか、ということ。
 もうひとつは、何かしらの添え書きか何かあるか、ということ。

 開けました。
 どちらの賭けも、当たりました。

 マイカイです、H野さん。

= = = = =
maika'i
1. good, fine, nice, well [良い] 2. good-looking, beautiful [男前、美人]
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by mamemama_blog | 2006-07-05 00:23 | 楽しむ@Hawaiʻi

うさぎとお別れ

 今、JRに乗っています。電車の中です。大学のある西条という町から、広島駅のもうひとつ岩国寄り、わたしの町の横川まで乗ります。

 このパソコンは、無線LANをキャッチできます。そして、電車の中でキャッチしています。なぜ・・・。JR西日本・・・。一体何をしているのでしょう。それとも、電車の外のこの山々から何かが出ているのでしょうか?

 帰国してから、しばらくうさぎ号で通学していましたが、電車&バス通学に切り替えました。運転に疲れたのです。徒歩15分、電車40分、アンド、バス20分の通学は、よいです。わたしは、乗り物が好きなのです。ロンドンにいたときは、テムズ川遊覧船に繰り返し乗ってしまいましたもの。バンコクの船バスも好きだったし、ヴェネチアに至っては毎日がパラダイスでした。あ、全部船だ。いえ、サハラ砂漠のひとこぶラクダもよかったです。チェンマイの象さんも、楽しかったです。あ、動物ばかりだ。

 とにかく、乗り物は、いいです。

 目の前に座っているサラリーマンが、コップ酒2杯目に突入しました。こんな光景、ハワイイではありえませんね。そもそもハワイイに電車ないじゃんか、というつっこみは置いておいて、公共の乗り物で、アルコールを飲む、ということが、です。

 でも、サラリーマンは幸せそうだし、ちょっと匂うけど、でも、わたしの食べているお煎餅だって匂うわけで。

= = = = =
 実験の途中経過を統計にかけました。主効果、強烈にありました。これは、当たり前。交互作用、ゼロです。これが、困ったことで。交互作用どころか、右肩上がりだと予想していたグラフは、右肩下がりになってしまいました。いや、有意差がないわけだし、これは、統計学上、上がりも下がりも、ない、か?・・・ない。

 わたしが、数字の一覧を険しい顔でにらんでいるのを、謎の文字の羅列(実験の材料なのです)にため息をついているのを、小さな文字が印刷された英語論文にマーカーをひいているのを、コップ酒でごきげんなサラリーマンは、ちらりちらりと覗きます。

 電車の中では、いろんなことができます。わたしも、周りの人も。

 もうすぐ、広島駅に着きます。
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