タイランドと猫とわたし

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なぜ過去を語るか 過去は何を語るか

 今日、Values(日本の学校でいうところの「道徳」みたいなもの)のGrahamがお休みでした。Middle Schoolのオフィスから、急遽、「Lesson PlanはGrahamの机の上にあるから、カバーをして」とお願いされ、まあ、空きコマだったし、彼の教室へ。

 7年生のクラス。「今、みんな何を勉強しているの?」と聞くと、「第二次世界大戦について」と生徒たち。Grahamの机の上を見ると、「Hiroshima」というトピックのLesson Planが。

 わたしが広島出身で、しかも、爆心地から大変近いところで生まれ育ったことは、Grahamも含めた多くの同僚が知っています。でも、Grahamは、まさかわたしがカバーするとは予想していなかった。オフィスのタイ人スタッフは、わたしの出身地すら知らないはず。だから、これは、本当に偶然。

= = =
 「今日のトピックは、ヒロシマです」とmame先生。ヒロシマのことは、常識の範囲で子どもたちは知っている。そして、なんとなくの情報を持っているレベルの子どもが大抵そうであるように、ヒロシマのことになると、爆発の音を口で立てたり、きのこ雲の形にばかり興味を示したり、そんな「表面」のことばかり、先に立つ。ジョークにする。誰の爆音が一番すごいか、競い合う。教室の雰囲気は、いたって、「今日は、担当の先生がいないから、らくちん授業、ラッキー♪」な、7年生な感じ。

 自分が、まさにその土地のものであること、被爆者のいる家庭で育ったこと、を彼らに伝えました。そのわたしと、ヒロシマについて、一緒に考えましょう、と。今日、このクラスをカバーできたことは、わたしにとって大変光栄で、また、わたしを迎えたこのクラスが、それを貴重な体験だと感じてほしい、と。

 子どもは静かになる。それは、とまどうから。彼らは、すぐには分からない。理解なんて、できない。でも、これは、軽率に笑いにしていいものではない、ということは、感じる。だから、静かになる。隣の友だちが、「ボカーン、へへへ」と言っていても、相手にしなくなる。

 Grahamの用意したスライドを一緒に見ながら、情報を仕入れていく。どんな時期だったか。だれが計画したか。その後ろには、どんな考えがあったのか。どんなことが起こったか。情報、メモ、情報、メモ、情報。子どもたちは、「おぉー」「げー、きしょい」と、また、賑やかになる。mame先生は、語る。また、静かになる。また、だれかがジョークにする。mame先生が何かを問いかける、「本当にそうなのかな?」。また、静かになる。

 子どもの集中力は、長くは続かない。でも、それは、彼らが「どーでもいい」と思っているからではない。よく分からない、のだ。でも、なんだか分からないといけないんじゃないか、という気持ちも、ふとよぎる。

 ヒロシマの人間である、わたしにしか出せない声がある。わたしだからこそ、響く声がある。たった43分のひとつの授業で、その声は、どれほど届くのか。

 クラスで考えたこと。その1。朝8時15分、広島市の人々は、何をしていただろう。はたして、その人たちは、戦時下にあって本当に「悪人」であっただろうか。その2。ヒロシマの人たちの、その後の、現在の感情は何だろう。心には、何があるんだろう。仕返ししたいと思うだろうか。7年生には、ちょっと難しい。でも、みんなで、話した。

 それから、どうして、過去の歴史について、わたしたちは語るのか、についても。

We do not want them to repeat same mistakes.

なのか、それとも、

We do not want to repeat same mistakes.

なのか。

 誰がしでかしたのか、"we"と"they"を区別することに、何の意味があるだろう。何もかもをひっくるめて鳥瞰すると、それは全部、"we"だ。わたしたち、人間は、どんなことをしでかしてしまう生き物なんだろう。どんなことができる生き物だろう。わたしたちは、今、何が必要だろう。

 結論はもちろん出ないし、違う大人は、また違う考えを持っているであろうこと言い添えて。でも、私たちが、心にあるものは、まぎれもない、PEACEであるということ。

 わたしも、まだまだだな、もっと考えたいな、と思った。子どもたちの記憶のどこかに、ヒロシマ出身の先生がなんか言ってた、というのは、残るだろうか。
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by mamemama_blog | 2009-04-28 00:59 | ヒロシマ

Trip to Nepal -人たち

 ネパールは、貧しい国でした。それから、もしかしたら、宗教とか、カーストがあることなんかの影響なのかな。ひとつの道に、なんでもあり。貧しいもの、病んでいるもの、猛烈に働くもの、死にそうな生き物たち、のほほんとした生き物たち。そして、ゴミ、ごみ、塵。

 首都カトゥマンドゥは、とても汚かった。

 でも、そこに生を受けて、行きている人たちは、それが自分の世界なんよね。外に出て、そうでない景色を見るという機会は、彼らには少ないだろう。外に、物理的に体が行かなくても、雑誌やなんかで見ることもできるとしても、そういう機会さえ、少ないだろうな。あっても、きっと、自分の世界に置き換えるだなんて、そんな発想ないんじゃないかな。

 自分のいるところを、客観的に見られること。批判的に考えられること。そして、まず、「変えられる」「変わる」ということを、知ること。「変わる」のは、法律や政治ではない。人たちが、変わる。

 これは、とても難しいこと。それに、時間がかかる。

 こういうのは、体験しないと、分からない。何かが起こたって、自分の通りじゃないと、やっぱり他人事。自分がやったことが、自分の目の前でなにかに影響を与えていることを、自分の目で見ないと、どうやったって、そんなの、今日どんなご飯が食べられるか、には勝らない感心。

 わたしは、英語の新聞や広告しか残念ながら分からなかったけど、なんとなく、ネパールの高等教育では、「自然保護」とか、「開発」とか、そういう専攻が目につきました。英語で講義が受けられるほどの人たちは、自分たちの土地のために、やはり、何かをしようとしているのか。それとも、ネパールにやってきた、英語を解する外国人たちのためのコースなのか。

 インターナショナルスクール、バイリンガルスクール、ボーディングスクール、なども、たくさん。お金がある人も、いる。では、その子どもたちの目は、どこに向いているのか。英語が使える、というだけで、受けられる情報量の差は、測り知れない。そのまえに、きっと、それなりのレベルの教育を受けているんだろうな。彼らは、どんな大人たちの声を聞いているんだろう。大きくなった彼らの眼差しや声は、どこに届くものなんだろう。

 わたしたちの旅は、山がメインでした。だから、人びとは、実は、ほんのちょっとしか、見てないん。ちょっとだけ滞在した、首都のカトゥマンドゥで、思ったこと。もっと街にいたら、見えたんだろうか。わたしは、見たかったんだろうか。
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人びとの写真
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by mamemama_blog | 2009-04-27 01:31 |

Earth Day

 今日は、Earth Dayです。世界規模の。今、Googleを開いたら、ロゴが変わっていました。

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 わがMiddle Schoolも、Earth Dayのいろいろなプロジェクトが進んでいます。今日は、電気一切なしの日。よって、コンピュータもなし(これは、充電してる自分のラップトップを使っています)、エアコンもなし。。。。えぇ、エアコンも、ですよ。

 放課後には、全校あげた、ダンスや音楽、絵画展示会など、生徒たちの工夫した、Earth Day Concertがあります。6年生のコーラスクラスで、"We Are The World"を歌おう!と言って、練習してきました(相変わらず、6年生のコーラスは、ピュアでかわいらしい)。いろいろな事情でできなくなったけど、でも、子どもたちは、先生たちも、盛り上がっています。

 ネパールに行ったとき、電気なくても、意外といける、って分かったもんね。キャンドルでいいじゃんか、メールチェックも、1日ぐらいできなくてもいいじゃんか、って、ね。

 エアコン、も、か。。。と思ったけど、意外といけるよ。今日は、どのクラスも、廊下で作業、もしくは、ドアを開け放って活動をしています。閉め切った中に、エアコンなしで、エネルギー溢れた子どもといるのは、、、不可能だ。マイダーイ。
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43℃

 「日中に、温度計を見たら43℃だった。」と同僚のAloha。吹く風は、まぎれもなくエアコンの室外機からの熱風に同じ。

 さっき写真をアップできたと思ったのに、もうコンピュータがストを起こしてしまった。彼もやる気がないらしい。夜になったら涼しくなるだろうと思って、のそのそ起き上がってきたのに、いっこうに涼しくなりやしない、バンコク。

 休みの間、少しは母が恋しくなったのか、どうもそばを離れないおまめ。ごめん、暑いわ、おまめ。

 今週の木曜日に、とある学校にdemo lesson(模擬授業というやつ)に行くことに。lesson planは、はかどらない。「ゲームしとこ」となってしまう。コンピュータ、インターネットを使った授業に慣れてくると、紙というのは、いらなくなる。ほんとうに、いらなくなる。よって、事前に教材をきちんと作って、コピーに出す、ということをしなくなる。直前まで、コンピュータで、ごそごそ作業をする癖がついてしまった。

 しかし、はかどらん。文体も、気がついたら、いつもの「です・ます」じゃないし。そんな心境。何もかも、この暑さのせいにしてしまいたいよねー、おまめ。

 おまめのナイスショットがあったけど、載せられん
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by mamemama_blog | 2009-04-21 03:41 | お仕事@Thailand

Annapurna South もしくは みなみちゃん

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 Nepalでのトレッキングで見ることができた山々の中での、最高峰、Annapurna South。標高7,219m。日本語ができるツアー会社の人が、「アナプルナ みなみ」と言っていたので、「みなみちゃん」と命名。

 みなみちゃんは、とてもとても、とてつもなく高いところにいて、いつも雲の向こうに隠れていました。でも、トレッキング最後の日の朝に、やっと、顔を出してくれたのでした。

 山は、気高い。山は、男か、女か、と言われると、やっぱり、男か、と思います。

 みなみちゃん、じゃけど。
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by mamemama_blog | 2009-04-21 01:26 |

Yak & Yeti & more

 今、ネパールに来ています。あちゃみといっしょ。土曜の昼にカトゥマンドゥに着いて、その日はそこに泊まって、それから昨日。第二の都市、ポカラに移ってきました。ここは、ヒマラヤ山脈へのトレッキングをする旅行者の玄関口。

 今日から、4泊5日のトレッキングに行ってきます。体は大丈夫かな?日ごろの怠惰な生活を思い知るかも。。。寒さは大丈夫かな?何年冬を体験していないんだっけ。。。?

 ヤクに会うこと。イエティに遭うこと。バター茶をいただくこと。しゃくなげをかぐこと。満点の星を見ること。きれいで、きれいで仕方のない、日の出を拝むこと。

 カトゥマンドゥの町を歩いているときに、わたしたちは、それぞれに、旅の共を見つけました。ポケットに忍ばせて、かばんにくくりつけて、一緒に、山を登ります。あー、彼らの名前を考えんといけんね。

 さて、この4人と、ガイドさんとポーターさんの旅。どうなるかな。いってきます。
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by mamemama_blog | 2009-04-13 12:38 |

ソンクラーン 水掛祭り

水 water:  n. naam
= = = = =

 4月9日の木曜日をもって、うちの学校は、お休み。イースターとタイの正月にあたるソンクラーンが合体した、10日間の休暇です。

 ソンクラーンは、タイで一年最大のイベント。学校では、全校あげて、1日中いろいろなイベントがもよおされました。

 街中では、狂ったように、水をお互いに掛け合って、みんなでびしょぬれになる、ソンクラーン。生徒たちは、もちろん、これがしたかったよう。でも、お掃除が大変だし、なんといっても、そもそもの「感謝する」という精神のほうが重要なので、それは、中止、というか、阻止。

 先生たちは、生徒たちに、日頃の感謝を込めた、こんなイベントをしてもらいます。

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 バラの花びらと、ジャスミンの花びらを浮かべた、お水。とってもいい香り。受けた手のひらに、生徒たちは、何度も何度も水を注いでくれる。手のひらには、いつの間にか、花びらでいっぱい。
 
 教室に帰って、午後のクラス。その花びらたちを机に並べると、やさしい、やさいい香りにみんなでつつまれました。
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by mamemama_blog | 2009-04-10 02:26 | 風景@Thailand

Kota Kinabaluで自然に心をつぶされそうになる

自然 nature: n. tam-ma-chaat
よく聞くフレーズ、tam-ma-daaと似とる。tam-ma-daaって何じゃろ?
= = = = =

 最近、写真のアップをしていませんでした。だから、今日からたくさんしようと思います。

 と、なんだか小学生の作文ような出だしをしてしまった、この投稿。4月の23日から5日間行った、Kota Kinabaluの写真です。東アジア、および東南アジアのインターナショナルスクールの先生たちのための、年に1回のコンファレンス。そのために行った旅だったので、旅は、ワークショップの間を縫って、といった感じでしかできませんでした。

 それだけでも、十分すぎるぐらい、わたしは、自然に心をわしづかみされました。ぎゅぎゅーっと。

 頭の中と心の中に、いろーんなものがあって、ちょっと苦しかったんじゃけど、空が押し寄せてきて、全部さらっていった。考える暇はなかった。オレンジに包まれたわたしは、わたしたちは、とっても小さかったです。

 こんな自然にいる。小さいけど、でも、生きている、と、鮮やかにぐんぐん感じる。最近、幸せじゃないって思うことがときどきあった。でも、幸せなんかもしれん、と思った。この空に見下ろされて、さらされて、ざぶざぶ洗われている心を持っていることは、きっと、幸せだ。

 またひとつ、成長したかもしれません。

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by mamemama_blog | 2009-04-10 01:59 |

leak

漏れる leak. v. rua, n. ruu-rua
今更、ひとことタイ語
= = = = =

キッチンの一角、洗濯機のうしろは、選択物干し場です。
そこに限って、雨漏り。
これでもう、3回目。もう。

「修理したよ」とは、「大丈夫にしたよ」という意味ではなく、「いいと思ったことをやったよ」という意味。
また雨が降って、漏れて、「あれは間違いだったんじゃ」と気づく、という仕組み。

まー、自分の仕事も、もしかして、そうなんかなー、と思いました。





いやいや、やっぱり、子どもと屋根は違うっ。
子どもが「大丈夫」かどうかなんて、よぉ分からんもん。屋根は、、、分かってほしい。

何かと目の前のことで忙しいと、ときが過ぎて、きちんと眠くなって、眠られるもんじゃねー。
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by mamemama_blog | 2009-04-09 00:21 | 風景@Thailand