いつものことながら、旅に行っていました。
旅のとちゅうで、友だちと穏やかに、でも真剣に話したこと。
何も考えることなく、生きることはできる。従ったり、流されたり、引っ張られたり。
そして、周りに同じような人たちを見て、安心する。
できる。もしかしたら、簡単なことなのかも。
私たちは、二人とも、それはできないと思った。したくないと思った。
立ち止まって、問う。自分に問う。世界に問う。心を聴く。
これでいいのか?これが自分がしたいことなのか?これが正しいことなのか?
そして、真剣に考える。得られるであろうことと、捨てなければ、諦めなければならないであろうこと。
苦労するであろうこと、でも、同時にかけがえのないものになるかもしれないこと。
意志を持って、生きる。眼で見て、足を動かして、進む。
そうしたら、自分に説明ができる世界にいられる。
なぜ、自分がここにいるのか、隠せないし、責任がある。
人生は、もっと、カラフルに、賑やかになる。
わたしも、その彼も、そんな人生に生きている。
くたびれても、後悔しない。波がかかってきて、もまれても、見て見ぬふりはしない。
傷ついたら、あざも抱えて次に行く。そのうち、あざは自分の大切な一部になる。
素敵なことがきたら、とんでもない笑顔で、心の底から迎える。
そのとき、どうして、自分がそんなに嬉しいのか、笑顔になれるのか、自分ははっきりと分かる。
いつも、目の前のものを、視界に入れて見ていると、それができる。
「うれしい」「ありがとう」「愛している」と、まっすぐな言葉にできることは、とても美しい。
これは、けっこう難しいのかも、な。
自分も、上手くできないことが多いもんね。
= = =
と、ふと、哲学的にもなってしまう、その理由。
ここをすっかりほっぽり出していて、久しぶりに戻って来て、何があっただろうと考えていたら、holisticになって、そしたら、二人で話したことが、頭に出て来た。
結局、そういうことなんよね、と、思った。
いろんなことがあったん