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タイランドと猫とわたし

2006年 12月 11日 ( 1 )

ピンク色のきのこ雲

'ākala
1. native plant, the bright pink Hawaiian raspberry [野生の植物、鮮やかなピンク色をしたハワイイ・ラズベリー]
2. pik color [ピンク色]

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 最初に断ります。長いです。 

広島にいる間に、原爆ドームの写真を撮っておきたいなー、あー、でも、カメラ調子悪いなー、電池買ったばっかりなのになんで電池切れマーク出るかなー、ってか、1回電源切ったら電池切れマークがなくなるの、どーゆーことよー・・・・・・・。


 などと、ぶつくさ、原爆ドームの対岸でカメラと格闘していたmamemama。突然、どんっ!と音がして、上から、ざざざーっと、銀杏の葉が落ちてきたのです。葉に混じって、実も落ちてくる。

 すると、近くに、その銀杏の実をかがんで拾っては、自転車のかごに入れるおじいさんが。かごには、すでにかなりの量が入っているけど、まだ探している。どうやら、さっきの音は、このおじいさんが木の幹を蹴ったみたい。

 平和公園も、なかなかホームレスの方が多く、きっと、そのおじいさんもそうなんだろうな、と思うけど、・・・わたしの視界に銀杏の実が何粒が入ってるんだけど、これが、おじいさんなかなか気がつかない。気になって仕方がない。

「そこ、たくさん落ちてますよ、銀杏」
 ベンチから腰を上げて、声をかけました。おじいさん、気がついて、いそいそと実を回収してかごに投入。それを見届けて、よし、帰るぞ、というとき。

「どこから来ましたか?」
 と聞かれた。えっと、わたし、観光客じゃなくって、ネイティブ広島人なんです。

「その辺です」
 と、相生橋の向こう側を指さす。おじいさんの姿を正面からきちんと見ると、ホームレスの方、と呼ぶには、どうも服がこぎれいできちんとしている。荷物も少ない。・・・とか考えながら、おじいさんを、きょとん、と見ていると、おじいさんが話し始めました。

「わたしは、入市被爆者なんですよ。ピカの次の日に、おばを探して、呉から来たんです・・・」

 と始まり、おじいさん、さらさらと、ご自身の被爆体験を語り始めました。”入市被爆者”とは、原爆投下時は広島市外にいたけれど、投下後に市内に入り、被爆をした方のこと(広島人ではない方は、この言葉、意味わかるのかな?)。呉の海軍校での辛い毎日のこと。そこから見た不思議な光線と、そのあとの豪風。黒い雲と、それが洗われるようにしてすっと消えた瞬間・・・などなど。

 ふっと出会った、わたしなんかに、とても丁寧に、ずいぶん長い時間、ご自身の体験を語ってくださった。辛い体験だろうに、忘れたい体験だろうに。そう思って、そのように語られることは、さぞ勇気のいることではないですか?と。でも、とても貴重なことで、是非、それを続けていただきたい、と。出しゃばるようだけど、お話しました。お礼の意味も込めて。

 すると、この方、被爆体験を本にして、自費出版されているとか。1冊は、公園内の図書館に寄贈されているとか。今でも、ときどき、市内で講演を頼まれるとか。うわっ。なんて、すごい方に出会ってしまったんだろう。

 驚きながら、ふと、わたしの脳内で高速にかけめぐったこと。

 日本語学習者向けの原爆に関する読み物は書けないだろうか

 2年前ぐらいの日本語教育学会のパネルセッションで、日本で昔からある絵本を、学習者向けに書き換えられているグループにお会いしました。わたしが広島から来た、と名乗ると、「原爆の話を書きたいけれど、やはり、外の者には書けない。手伝ってもらえないか」と頼まれたのです。そのとき、びびび、っと、自分の使命を感じました。広島の人間として。それと同時に、広島の人間でも、知ったようにはとても軽く書けるものではない・・・という気持ちもありました。あまりに、重すぎる。書くとなると、相当の覚悟がいることだ、と。そのときの使命感がわたしに口を開かせました。

「日本語を勉強しているひとたちにもわかるような日本語で、原爆の読み物が書きたいのです。手伝っていただけないでしょうか?」

 名前を名乗って、自分が日本語教育に携わっていること、広島の人間であること、自分がこれまで見たり感じてきたりしてきた日本国外にあるヒロシマの間違った情報、などなど。

 こどものときから、原爆のことは、いやというほど勉強させられてきました。小学校から、クラスのみんなで歩いて、何度か原爆資料館に行きました。でも、こどものわたしたちには、怖すぎた。気持ち悪くて仕方がなかった。毎回、みんなで、大声を上げて、足の吹き飛ばされた馬の剥製の前で泣いたのを覚えています。

 日本人のこどもにすら、わかりやすいように、と配慮された読み物は多くありません。有名な漫画「はだしのゲン」だって、わたしの小学校では、あまりに怖くて気持ち悪くて、掃除用具入れにこっそりつっこまれていました。男の子が女の子を泣かせて遊ぶための小道具だったのです(男の子も泣くけど)。

 日本語学習者向けの読み物、なんて、そうそうありません。ここは、ひとつ、がんばりたいな。と思いました。被爆者のかたがたは、もう、ずいぶん年をとられている。彼らの口から直接聞くことができる期間は、もう残り少ない。はやく、とりかからないと。

 おじいさんは、わたしのアイデアに協力する、と言ってくださいました。必要なら、他の被爆者の方や、研究グループも紹介できるかも、とまで。なんと、ありがたい。

 そして、おじいさんの書かれた本をいただきました。資料館の事務室に、わたし宛にことづけてくださったのです。本のタイトルは、『ピンク色のきのこ雲』。当時中学生だったおじいさんの目には、ピカのときの雲は、なんともきれいなピンク色に映って、学校のみんなと作業の手をとめてみとれていた、と。ずきり、とくるタイトルです。この、ずきり、のような心の動きを、学習している言語から感じ取る、ということは、それは言語学習において、とてもとても大切なことではないかと思うのです。言語は、人の心がつまっているものですから。

 もしかしたら、もう、どこかでしっかりとぐんぐん進められているプロジェクトがあるかもしれない。でも、それを探すところから、わたしは、作業を始めていこうと思いました。

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”・・・続きはこちら”みたいなのをつけて、長い記事の一部だけを表示する、という機能を、ほんとうに知りたいと思う、今日このごろです。どうやったら、ええん?
by mamemama_blog | 2006-12-11 00:20 | ヒロシマ